第5話 ホント、すごい語る。
「しっかし、なぁ……」
とりあえず記憶を頼りに初めの井戸があった場所に戻ってみたが、どうしたものだろう。ここから先の帰る道筋が見つからない。
やはりここが異世界で、戻ることができないというのは本当のことらしい。だがいつまでもこんなところにいるわけにはいかないのだ。
いきなりオレがいなくなって姫巫は心配していることだろう。あいつを長い間不安にさせたくはない。
井戸を覗き込んでみるが中に入っていた水はすでになくなっていて、乾いた煉瓦の底面はどこかに繋がっている様子もない。
ものは試しと足を入れて中で佇んでみるが特に変化は起こらず。オレを元の世界に導いてくれるゲートが開いてくれることはなかった。
八方塞がりとはこういうことを指すのだろうな。帰り道が塞がっているだけに、などとくだらないことを考えながら頭を抱えていると、
「なんだ、貴様。もう目が覚めたのか」
背後からの声に振り返ると、そこには生意気そうな顔をした小柄な少年が立っていた。
年齢はオレよりも三つか四つくらい下。十二、三歳くらいってとこか。
さらりとした金色の髪に緑色の瞳。やや吊り目がちな目と鼻筋の通った顔立ち。見るからに高貴な雰囲気を漂わせた凛とした存在感。
こいつはまあ、王族の一員、エイルの親族で間違いないだろう。
着ている服も王子っぽい。ふわふわしたスカーフみたいなのを首に巻き、背中の部分が長いタキシードを羽織っている。
「召喚酔いで倒れてたった数時間で目が覚めるとは。身体だけは丈夫なようだな」
少年は不遜な顔つきを貼り付け、品のある歩き方でずいずいと歩み寄ってきながらそんなことを言った。
「召喚酔い? 何だそいつは」
少年はオレの問いには答えず『フフッ』と高らかに笑い、そして――
「貴様は選ばれたのだ。そしてエイルと結ばれることを約束された。光栄に思え、下賤な者よ。本来なら手の届かず、向かい合うことすら許されない高嶺の花であるエイルを貴様ごときが伴侶にする権利を得ることができたのだ。まったく、大した幸運の持ち主だな。教養もなさそうな犬面をしていながら甘い蜜を吸えるとは。やれやれ、こんな輩と婚約させられるとはエイルが不憫でならん。エイルほど強さと気品、そして貞淑さを兼ね備えた貴婦人はそうそういないというのに。そもそもエイルは――」
「………………」
よく喋るガキだった。ホント、すごい語る。主にエイルのことを。いきなり現れて大した野郎だぜ。
「お前、あいつが好きなの?」
何気なくオレが放った一言は想像以上に少年の心情に一石を投じ、波紋を引き起こした模様で。
「ななな! そそそ、そんなわけなな! ないだろう! 同じ王族であるこのわたしが……何を莫迦なことを言っておるのだ、貴様ァ!」
顔を真っ赤にして、先程までの余裕はどこへやら。
口角泡を飛ばし、必死に否定しだす。
「めっちゃ動揺してるじゃねえか……」
実に面白いほど、やたらと取り乱していた。
別にオレはエイルとどうこうなるつもりはないのでこいつが誰を好いていても一向に構わんが。
「き、貴様、わたしを誰だと心得ている!」
泣きそうな目で手の平を握りしめ、ぷるぷるとさせた後、恐らくジョーカー的意味合いで持ち出したのだろう台詞をオレに浴びせた。
「いや、知らんがな」
「わ、わたしはなぁ~~!!!!」
地団太を踏まれてもついさっきこちらへ来たばかりのオレがこの世界の階級について知っているわけがなかろうに。
きっとこいつも今それに気が付き、どうにもならん感情を地面に還元しているのだろう。
「それで、お前は結局誰なわけ?」
「……ッ。ば、ばかたれ~! アホ! アホアホアホー! うわああああ!!!!」
泣き叫びながら走り去ってしまった。
何だったんだ? あの恋のチューチュートレインな中防は。
若さというか幼さというか。
いろいろと弾けてやがんな。名前くらいは聞いておいてもいいと思ったんだが。
去ってしまったものは仕方ない。去る者は追わず。それでいい。
ぶっちゃけ、そこまで興味ないしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます