第50話「まあ、お前に話してやる義理はないんだけどな」

「お前はさっき、何ものにも泥をかけてもと言ったな? ……それが例え、昔からの友人だったとしてもか」


『当たり前だ。こんな世界にあるものなど、何も失っても後悔などしない』


「だったら、お前はどこに行っても同じだよ。お前が別の世界に求めているものは絶対に見つかりはしない。空虚さを埋めるものはどこにもありはしない。お前の帰る場所なんかないよ」


 居場所は人だ。ただの空間が拠り所になることはない。


 気付かねーかな。お前が言っていることは大きな矛盾を抱えているということに。


 踏みしめる大地、身を止め置く星。


 そんな形だけのものは大して重要じゃないんだ。誰もいなかったら、そいつはただの空箱だ。



 逆に、誰かがいれば――



――ねえ、あの子なんでしょ。例の研究者の息子って。


――いくら超能力について調べるためだからって……


――あの子自身もあれなんでしょ? 危険度が高い超能力者だって


――それでその力を使ってたくさんの人を怪我させてるって


――まあ、怖い!


――うちの子にも関わらないように言っておかなきゃ



 うるさい。うるさい。



 なぜ自分が否定されるのかわからない。


 昔からそうだった。ずっと前からそうだった。


 生意気だと言われたり態度が悪いと言われたりそんな言いがかりをつけられて非難されることは多々あった。


 だからそういう視線には慣れっこだと思っていた。


 動じることなどないと思っていた。


 けれど……。



『お前もどっか行けよ。オレといたらお前まで仲間外れにされるぞ』


『どうしてどこかへ行く必要があるの?』


『だから、それはオレが……オレの親が』


『だってわたしたちずっと一緒にいたじゃない。そんなのおかしいよ』


『もう前とは違うんだよ。みんなオレを悪者扱いするんだ。オレは一人なんだ』


『じーくんはもともと友達いないよね?』


『……うるせーよ。でもとにかく今までとは違うんだよ』


『じーくんは悪い子に変わっちゃったの?』


『オレは何にも変わってねえよ』


『なら、何が違うの?』


『…………』


『わたしだって何も変わらないよ? だったら何も違うことなんてないんじゃないかなぁ』



 …………。




「空虚に佇むだけの地面が欲しけりゃ、便所の床にでも立ってろよ!」


 オレは激情を込めて、アンナの顎を下から突き上げるように殴打した。


 拳で顎を抉られた女騎士はその身を埋め込んだ鋼の肉体のコントロールを失い、二、三歩後退して真後ろに倒れ込んだ。


『貴様は……。貴様の拳はなぜさっきから私に届く!? これだけ硬化させた鎧を纏っているにも関わらずに! いや、それだけではない。この一撃の重さはなんだ? まるで直接骨身に響いてくるような……』


 アンナはまだ覚束ない動作ながら、どうにか立ち上がろうとする。


 どうやら結構効いてるみたいだな。その証拠に取り落とした剣を拾う様子もない。そこまで気を回す余裕がないのだ。


「オレの一撃が重く感じるのは当たり前だ」


 もちろん気持ちが込められているから、なんて寒い理由じゃないぜ?


 当然能力の持つ効果によるものだ。


「お前は少々、オレの能力について見当違いをしているようだ」


『見当違い……だと?』


「オレの能力は瞬間移動でも物質移動でもねえんだよ」


 そう、オレの能力は瞬間的に移動できることでも物や人を自在に移動させられることでもない。


「まあ、お前に話してやる義理はないんだけどな」


 オレは何もない空間にそっと右手を差し伸ばす。すると手首から先がぬるっと、どこかに吸い込まれていくようにその形を消失させた。


『ぐあっ……くっ……!』


 オレが見えなくなった手の指先に力を軽く込めるとアンナは喉元を押さえながらもがき苦しみだした。


『おのれ……やめろ! お前は……何をして……いる……っ!』


 呼吸を行うことに困難を覚えるように息も絶え絶えに声を絞り出す。


「ざっとこんな感じでな。……オレに装甲が意味ないっていうわけはわかったか?」


『がはっ……ごふっ……。わかるものか……これはどういう仕組みだッ……』


 力を込めるのをやめて手を引き抜くと、アンナは咳き込んで荒い呼吸をして跪く。


 ……デカい鎧のゴーレムが肩を上下させて息を切らしてる姿って割とシュールだな。


「瞬間移動や物質移動っていうのは他人から見たら結果的にそう見えるだけで、オレの力の本質は別のところにあるんだ」


 オレの能力は次元移動、空間移動。


 座標を把握している場所であるなら、さっきのように次元の門を開いて空間を自在に移動させることができる。


 ここで重要なのはオレが移動させるのは物質ではなく、空間であるということ。


 だから人間を動かす時も移動させているのはその人物がいる周囲の空間なのである。


 先程も手首の周囲の空間を穴に放り込み、アンナの喉元に繋いで締め上げた。


 一撃が重いのは衝撃を内蔵の奥深くに直接送り届けているから。


 その気になれば脳天を弾いて直接揺らしてやることだってできる。


 まあ、そこまで繊細なことをするならもっと至近距離に寄らないとできないんだけど。


 これはイメージが掴みにくいことが理由にある。


 この力を使って元の世界に帰れれば楽だったのだがな。こっちに来た初日に医務室でやろうとしたけど無理だった。


 どうやら世界線が異なると能力の効果範囲外となってしまうらしかった。これは異世界に来て初めて知ることができた事実だった。


 ちなみに知らない場所へは移動させることができないので、移動先の引き出しを増やすために様々な場所を見て回ることが必要だったりする。


 こっちであちこちをちょろちょろ探検していたのもそのためだ。


 まあ写真で見たりして想像できるところなら知らない場所でも移動可能だが、確実性がないのであまりこれはやりたくない。


「お前がどれほど分厚い鋼鉄の奥深くに隠れ潜んでいようとも、オレは容易くお前を引きずり出して息の根を止めることができるんだよ」


 あえて感情の灯らない冷酷な声で圧倒的優位性を宣告する。


 向こうの世界ではこうやって絶対的な差を誇示するような言葉を吐いて脅しつけ、喧嘩を売ってきた相手の戦意を喪失させて余計な交戦を避けたりしていた。


 さて、こいつで止まってくれれば楽なんだが。

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