第22話「理想的な恋人の信頼関係ね……憧れるわ」

「なら超能力もないのか?」


「当たり前でしょ」


「なるほど……そうきたか」


「いろいろびっくりすることも多いでしょ? 僕もそうだったから。……あふぅ」


「…………」


 今日も今日とて、ご主人様と崇めるヴェスタの見事な椅子を演じている豚野郎が横から口を挟んできた。


 異世界人の恥さらしめ、黙ってろ。とは言え、雨野は悪いやつではないのだろう。


 向こうではみ出し者であったオレにも、こうして向き合う機会を得た今は積極的に話しかけてイチから見定めようとしている。


 向こうでのオレの悪評を振り撒くわけでもなく、また疎むわけでもなく、むしろ友好的に接しようとしてくる。


 ひょっとしたら向こうでも何かのきっかけさえあれば仲良くなれたのかもしれない。


 ま、あっちじゃ他に仲間のたくさんいたこいつがわざわざオレに話しかけてくるメリットなんか皆無だったからきっかけなんか起こりえないけど。


 同情で構われてもうざいだけだし。雨野はそこら辺をわきまえてる頭のいいやつだからなおさら関わってこなかったのだろう。


 いいやつだが、遠すぎず近すぎない距離感を持っていて偽善行為には興味がない。ある意味わかりやすく好感が持てる性格だと思った。


「どうかしたかい?」


「いや、相変わらず残念なイケメンだと思ってよ」


「これが僕の真の姿さ。偽りの外装を脱ぎ捨てれば人間は皆、SかM、その両極端にしかならないんだよ」


 男女問わず引き込まれる魅惑のスマイルでドン引きな台詞を吐く雨野だった。


 ……やっぱり仲良くはなれなかったかもしれないな。そんな雨野の頭を、彼の背中の上からよくできましたとばかりに撫でるヴェスタも相当頭がおかしい。


「理想的な恋人の信頼関係ね……憧れるわ」


 異常な二人の馴れ合いを見て、エイルはうっとりと目を輝かせているのであった。


 こいつもだいぶいかれてる。お前、マジでこんなんがいいの?


 正直、オレにはさっぱり理解できない異世界のロマンス(笑)だった。


 やはり、どう転んでもエイルとは恋人にはなれない。こんなのを強要されたらオレは何を投げ捨ててでも裸足で王城から逃げ出す自信がある。


 オレの常識がおかしいのかと思って不安になったが、ルナも達観したような顔で首を横に振っていた。


 ああ、この世界でまともなのはお前だけだよ……。


 天然な野球好き娘に唯一の癒しを感じてしまうオレだった。


 もっともルナだって大概変人だったのだが、それにオレが気付くのはもっと先のこと。


 相対評価のマジックとは恐ろしいものである。





「で、今日はここに何をしに来たんだ」


 今さらながら、オレはエイルに訊ねる。


 なにせ朝起きたらいきなり今日は休みだから出かけると言われ、半ば強引に引っ張り出された身の上なのだ。


 どういう意図があってこいつらが集結し、ここを訪れたのか。何一つオレは知らない。


 また儀式とかじゃないだろうなと思いながら返答を待つ。


「え、何って。泳ぐために決まってるじゃない」


 あっさりと、それ以外に何があるのかと気の抜けた答えが投げつけられた。


「…………」


 元の世界に帰る手段を探すわけでもなんでもなく、こちらの世界の慣習ですらない。ただの行楽目的だった。


 この場所は厳重に警備されてはいるが、王族だけは行楽目的でいつでも立ち入ることを許されているのだとか。


 そしてエイルたちは度々こうやって皆で遊泳に訪れているらしい。


「泳ぐって、なんだよ……」


「あたしたちは向こうで着替えて来るから。覗かないでよ」


 こめかみを押さえながら息を吐くオレをスルーしてエイルがのたまう。


 そのネタはもういいっつーの。いい加減振りなのかと思っちゃうぞ。


 世話役として連れてきていたエアを伴ってエイルたち女性陣は岩陰に去っていく。


 残されたのはオレと王子であるロキ、雨野の男性陣。それから騎士の鎧を着たアンナ。


「あんたは着替えないのか?」


 ロキはオレを敵視した視線を送ってきているし、雨野とは何を話したらいいのかわからない。


 無言で棒立ちし続ける静寂に耐えかねて、オレは消去法で話を振りやすかったアンナに声をかけた。


「私は護衛で着いてきているだけだからな。王族の方々と一緒になって遊ぶわけにはいかない」


 行楽に来たのに職業意識を忘れない、騎士の鑑な回答だった。


「もしかして、期待してくれたのかな?」


 ニヤリと美貌を微笑ませて、女騎士はそう言った。


「……ノーコメントだ」


 違うと言ってもそうだと言っても、どっちにしろ墓穴を掘るような気がしてオレは曖昧に答える方向で済ませる。


「フン……」


 そんなやり取りを見ていたロキはスカした態度で鼻を鳴らしてきた。


 あ? 文句があるなら直接言ってこいや。


 むかっ腹が立つが、ガキにいちいち反応するほどオレもアホではない。すっきり見なかったことにして相手にしないでおく。


 同時に四つ足で這いつくばった姿勢で舌を垂らしながら主の帰りを待っている椅子男も視界から除外した。

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