第3話 「何でもう一回言ったの?」
「あたしはエイル。エイル・スカンディナヴィア。聖ウトガルド王国の王族よ」
やや癖のあるブロンドのロングヘアーをさらりと払いながら言った。
「あなたは成人の儀であたしに釣り上げられて、あたしの婿殿に選ばれたの。光栄に思いなさい」
ここで怯えていることが察せられたら舐められる。
そんな気がしたエイルは意図して強めな語調を用い、本能的な怯えに抗うように語った。ここでこの男に下に見られるわけにはいかない。
ああ、生涯を添い遂げる相手とは自分の両親たちのように対等にお互いを思いやれる良好な関係を望んでいたのに。
勝ち負けや上か下かを気にしなくちゃいけなくなるなんて。
何でこんなことになっているのだろう。泣きたくなる。
それでもエイルに他に選択肢はない。
特例中の特例で現国王は違う相手と婚姻したが、それは釣り上げた相手が世継ぎを生む前に病死したというやむを得ない事情があったため。
気に食わないと即日で目の前の男を突っぱねるわけにはいかないのだ。
「釣り……?」
ポカンとついていけていないように赤髪の少年は首を傾げる。
「そうよ。ここ、聖ウトガルド王国の王族は成人の折に国宝の釣竿を使って結婚する相手を異世界から召し上げる決まりがあるの。それであなたはあたしに釣り上げられたわけ」
元来の負けず嫌いな性格も相成って、エイルの虚勢はブレーキのかけどころを見失ってなおも続く。
「あなたはあたしの婿殿としてこの国の王族の一員になれるの。あたしが釣り上げてあげたおかげでね!」
エイルは慎ましやかな――けれど形はいいと密かに自負している――胸を大きく反らして言った。
本当はこんな恩に着せるような言い方をするつもりはなかったのだが。
彼の纏う強者の雰囲気に飲まれまいと張り合う気持ちが先行してついつい高慢な口調になってしまった。
これではただ身分を鼻にかける嫌な女だ。
自分で言って恥ずかしく思った。
いつもは王族であることを笠に着て威張るような真似はしないというのに。
この少年が相手だといつものペースが乱される気がする。
「王族? 婿? 異世界? ……まあ、春だからなぁ」
赤髪の少年はぽつりと呟いた。
意味はよくわからないが軽く馬鹿にするようなニュアンスが感じ取れる。それとあまりエイルの話を信じていないことも。
「つーか、お前遠くね? 何でそんな離れたところで座ってんの? オレにびびってんのか」
あっさり内心を見抜かれ、距離感について指摘をされたエイルは頬を紅潮させる。
「う、うるさいわね! 違うわよ! 人には適正なパーソナルスペースってものがあるのよ!」
「とりあえず、オレは帰るぞ」
エイルの反応には興味はないらしくマイペースに目の前の彼は言う。
「いや、無理だって」
ゲートを使って呼び出したのだからそんな気軽な調子ではいかない。そのことを知っているエイルはそう忠告した。
「どうやって連れてきたのかは知らんが、帰るったら帰る」
「だから無理よ」
「…………」
少年はしばし無言になる。
何をやろうとしているのか。
何を考えているのだろうか。帰りたいなら扉の出口に向かうはずだが。
まあ、出口に向かったところで帰れたりはしないのだけど。
「…………?」
「もしかして本当なのか……?」
数秒間の逡巡の後、愕然としたように少年はそう言った。
「だから言ってるじゃない。何で急に納得したのか知らないけど。言ったでしょ、あなたは釣竿によって王国の王族であるあたしの婿に選ばれたの」
「……ふざけるな。何が婿だ」
「詳しい起源はわからないけど昔からそういうしきたりなのよ。王族は異世界から運命の相手を黄金の釣竿で釣り上げて伴侶とするっていう」
「意味がわからん。お前らはみんな、今まで一回も会ったことがないやつと結婚するっていうのか?」
「そうよ?」
「意味がわからん」
「何でもう一回言ったの?」
「何回聞いてもわからないからに決まってるだろ」
赤髪の少年はくだらないとばかりに吐き捨てる。
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