第13話「望むもの?」

「ところで、その人とはその、ちゃんと知り合いなのよね? 恋人じゃないって言ってたけど。つまりあんたの片思いってことでしょう?」


 片思い。第三者の口からそう改めて言葉にされるとやはり胸にじりっとしたものが沸き起こる。確かにそうなんだけどな。


 でも姫巫と一番深い付き合いをしていたのはオレだという自負はあるし、あながち見込みゼロではないんじゃないかと密やかに思っていたりする。


「ガキの頃からの付き合いだよ。いわゆる幼馴染みってやつだな」


「あのね、あんたが昔から知ってても目が合ったことがあるだけじゃ向こうは知り合いだとは思わないわよ?」


 しらっと冷めた目で釘を刺すようにエイルが言った。


「知ってるよ! ちゃんと両通行の知り合いだっつーの! お前はオレをどれだけ貶めたいんだ」


「勝手に拗らせて妄想を膨らませた関係性じゃないの? そういう設定で、あんたの脳内に限ってその子と仲が良いみたいな」


「毎朝一緒に登校するくらいには親しいわ! やめろ、そのサイコパスな勘繰りは」


 目が合っただけで親しい仲だと思い込むってどれだけ跳躍的思考だよ。普通に考えて恐ろしいだろ。断じてオレはそんなやばいやつではない。


「ふーん?」


 エイルは疑わしげにオレを見据えた後、


「ま、どうでもいいんだけどね」


 一瞬だけ伏せ目になって、それから本当にどうでもよさ気にそう呟いた。……なら、なぜ聞いた。


「それで、どんな人なの?」


 それまでのやり取りをさらりと流し、エイルは再び訊いてきた。


「あいつは世界で唯一信じられる人間だ」


「世界で唯一って大きく出たわね。その人、あんたに金塊でもくれたの?」


 だから何でお前はすべて金品譲渡が理由になるんだ。オレがそんなに浅ましい人間に見えんのか。


「金塊でもないし宝石でもねーよ。あいつはオレが本当に苦しいとき、本当に望むものをくれて助けてくれたんだ」


「望むもの?」


 また余計な口を挟まれる前にオレは話を続けた。


「オレの両親は研究者でさ。あ、研究者って意味わかるか?」


「なんか実験とか発明とかする人なんでしょ。異世界にあるカガクとかいうのを発展させる仕事だって聞いたことあるわ」


 ルナが言っていた通り、ある程度こっちの文化が伝わってるというのは本当なんだな。話がしやすくて助かる。


「二人はある日、研究所の事故で死んだ」


「…………」


 エイルはオレの親が死んでいることを話すと気まずそうに身じろいだ。オレはそれを見なかったことにして途切れさせることなく言葉を発する。


「それからしばらく経ってからだ。どうにも二人は研究所で非人道的な、よくない実験をしていたんじゃないかって噂が立った。あくまでゴシップレベルの噂だがな。オレは親が何をやっていたかなんて知らないのに非難されて、暴言を吐かれた。周りは敵意と増悪を含んだ視線をオレに容赦なく突きつけてきた。それまでも世間は見た目や性格がおよそ社交的じゃないオレに冷たかったけど、せいぜい遠巻きにして除け者にする程度だった」


 街で目が合った不良共に突っかかられたり先公に赤い髪の毛についてぐちゃぐちゃ言われたりすることもあったが、それくらいならオレは自分の強さを糧にどうとでも跳ね返せた。けれど……。


「けど、そんなのは全然甘っちょろいもんだったんだ。無関心とは違う、悪と見なしたものに人が向ける本物の負の感情はとても無視しきれるようなもんじゃなかった。面白半分に中傷してくるやつもいた。家には落書きをされたし石を投げられたりもした。そんな周りの理不尽な仕打ちにオレは感情の抑えが利かなくなってどうにかしちまいそうだったよ」


 不確定な情報でも周知になればそれは事実と同義になる。


 攻撃してもいい大義があれば集団心理が働いて何をしても誰も咎めない。そいつらが何かをしても状況が変化するわけでもないというのに。


 空気ができあがってしまえば大衆は自分たちが断罪を行っているかのように錯覚し、平気で暴威を振りかざす。


 オレやオレの両親に恨みや怒りが本当にあったやつはほとんどいなかっただろう。


 ただ、連中はいい獲物を見つけたと偽善気取りなほろ酔いの狩りを堪能したかっただけなのだ。


 祭りのような高揚感を味わいたかっただけなのだ。それがわかっていたから当時のオレはなおさら悔しかった。


「……オレが踏ん張れたのは姫巫がいたからだ。姫巫は変わらずオレの味方でいてくれた。くだらねえ噂や実体のない憶測に囚われず、オレという人間だけを見てくれた。空気に流されて便乗してオレを否定してくる連中ばかりの中でちゃんと真実を見定めて何にも変わらずオレのそばにいてくれた」


 拠り所があるから自分を見失わずに済んだ。本当は自分が悪いのではないかと錯覚しそうになりそうだったところを律することができた。


 正当にオレを見てくれる人がいたから、何も見えていないやつらの囀りを鼻で笑ってやり過ごすことができたのだ。

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