第14話「つまり利害の一致ってことでいいのか?」

「オレは姫巫に救われたんだ。そしてオレの支えになってくれた姫巫がどこにも行くなと言った。オレはそれを約束した。だからオレはあいつが望む限りずっとそばにいると決めたんだ」


 あれは軽い口約束だったけど。オレがいなくなることで寂しさを覚えるのならあいつにそんな思いはさせてはならない。


「あんたのそれは使命感的なものじゃないの? 好きとかは関係なくない? 騎士たちが国のために戦うって言ってるのと同じっぽくない?」


 エイルの問いに、オレはふっと口元を緩ませ首を横に振る。


「違うな。望まれてるからとかは建前で、本当はオレ自身があいつのそばにいたいんだよ。オレは姫巫が好きだからな」


 姫巫に聞かれたら顔から火が出かねない宣言だったが、その言葉に嘘偽りはない。


 向こうにいたままだったら絶対に声に出して言ってはいなかっただろう。


 こっちの世界は向こうと違って湿気が少なくて閉塞感がないから心が開放的になってしまったのかね。


 いや、エイルと姫巫は会うことはないだろうという安心感が作用したのかもしれない。自分のホームではないという流浪人感覚がオレの口を軽くした可能性もありえる。


 だとしたら迂闊なことを口走らないように自制しないとな。どれくらい居続けるのかわからんのだし。恥に悶える生活は送りたくない。


「……そっか」


 ぼんやりと遠い目をしながらエイルは頷き、そっかそっかと何度も繰り返し呟きだした。


 なんだそれ、怖い。こわれたラジカセか? テープレコーダーか?


 実はこの世界の連中は全員人型ロボットでオレは壮大なドッキリに引っかかっていたとかそういうのじゃあるまいな。


「おい、どうした」


 ありえないと思いつつも不安になり声をかける。


「ああ、ごめんごめん。ただ、そういうことなのかなって。……何となく思ってね」


「どういう意味だ?」


「あんたが帰りたがってるのに釣竿に選ばれた理由。多分、あんたが元の世界に未練がないのは間違いないんだと思う。あんたの未練があるのは元の世界じゃない。向こうの世界にいるその姫巫って人になんだろうなって」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。


 あんな糞みたいなやつらばかりいる世界には何の愛着もない。それは間違いなかった。


 だけど向こうには姫巫がいる。もし姫巫も一緒にこっちに来ていたならオレはここまで焦燥に駆られてはいなかっただろう。


「しょうがないから手伝ってあげるわよ。あんたが元の世界に帰る方法を探すのを、あたしも協力してあげる」


 エイルはベッドから立ち上がってオレを指差し、可愛らしげなウィンクをした。


「お前が? 何で?」


 さっきまで野蛮人だのサルだのと罵られていた人間から突然の好意的な申し出を受け、オレは猜疑心を抱く。裏があるのではないか、こいつになんのメリットがあるのか。そんなことばかりを考える。



 人に善意を向けられることが少なかったオレはすぐにそういう深読みをする癖があった。


「別にあんたのためじゃないわよ。あんたみたいな野蛮な鬼面があたしの運命の相手なんて、そんなの真っ平御免だもの。あたしはあんたみたいなのはさっさと元の世界に送り返して、優しくて素敵な本当の運命の相手を釣り上げ直したいの」


 なるほど。気に入らないからリコールしちまおうということか。


 そういう魂胆なら頷ける。


「つまり利害の一致ってことでいいのか?」


「そう受け取ってくれればいいわ」


 エイルはふふんとドヤ顔で胸を張る。変に気取ったような角が取れて、その表情は出会った当初よりも幾分かとっつきやすさを垣間見せていた。


「そうか……」


「わかってくれた?」


「おう、まあ一応な」


「……そ、ならいいわ」


 そう言った時、エイルの瞳が僅かだが――切なげに揺れたように見えたのはオレの気のせいだったのだろう。

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