第1話 しかも腰から下は絶賛浸水中だった。

 目を開くと見たこともない場所で佇んでいた。青々とした綺麗な芝生の広がる草原。


 湿気の少ない澄んだ空気。


 オレは煉瓦を積まれて造られた井戸のような形状の低い囲いの中にいた。そしてなぜか頭からびっしょりと濡れみずくだった。


 しかも腰から下は絶賛浸水中だった。


 だが、囲いの底はしっかりと埋まっていて足はつく。


 煉瓦の積まれた高さもオレの腰ほどまでにしかない。


 とてもじゃないが井戸としての役割を果たせそうな代物ではない。


 何の意図を持って作られたのかさっぱりわからないオブジェクトである。謎だ。そして一番の謎はどうしてオレがそんなものの中で突っ立っているのかということだ。


 視線を上げてみるとオレの目の前には金色の釣竿を携えて今にも獲物を引き上げるような構えで固まっている美少女がいた。


 白くて華奢な肩を剝き出しにしたデザインの、裾にボリュームのある桃色のドレスを纏ったブロンドの美少女だった。


「…………」


 猫のようなシュッとした吊り目や鼻筋の通った端正な顔立ち。


 女子にしては高めの身長。それらのパーツから勝気な印象を与えるその美少女だが、今は顔を強張らせたまま目を丸くして黙りこくっている。


 よくよく周囲を見渡してみると、周りでは珍妙な集団が好奇の視線を向けながらオレと彼女を半円状にぐるりと取り囲んでいた。


 目の前の少女と同じような裾の広がったドレスを着てめかしこんでいる女性。


 タキシードを着ている少年。甲冑を着て武装した中世の騎士のような格好のやつら。


 なんだぁ……こいつらは?


 ここは仮装パーティー会場かなんかか?


 じろじろ見やがって。見世物じゃねえぞ、この野郎。


 人垣の中からは『ほう、あれが』とか『面妖な面をしておる』といった不躾な囁き声が聞こえ、耳を打つ。


 おいこらぁ! 今の言ったやつ誰だ! 観察される動物のようなこの扱い。実に不愉快である。


 オレは跨ぐようにして井戸から出る。すると、


「ヒッ」


 金髪の美少女は悲鳴を上げて腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。


「うぉ……うぉらふぁ……kjふぁ……mlv……dms;」


 大丈夫かと声をかけるために口を開くが、上手く呂律が回らずオレの口からは言葉にならない呻き声だけが漏れる。


 あれ……どうなってるんだ?


 足を一歩踏み出すと視界がぐらりと揺れ始める。そして目に見えている世界が傾いていき、次第に靄がかかったようにぼやけていく。


 ふらふらと蛇行しながら歩き、もがくように手を伸ばす。


 眩暈と頭痛が押し寄せて胸が苦しくなる。しゃがんだわけでもないのに地面が傾いてどんどん眼前に迫ってくる。


 これ、やべえかも……。


 そう思った瞬間、バチンと視界に火花が散る。



――オレの顔面は地面と激痛なキスをした。

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