第47話そんなものをオレの前に出してくるんじゃねえよ!
「この世界は次元の隙間に作られた虚構。そして虚構なのははそこに住まう人々も右に同じ。そんな彼らに実体のある真の人間が発する言葉は言霊として強く心に作用する」
「何を……何を言いたいのだ貴様は……」
ロキが震えた声で訊ねる。その先にどんなことをのたまおうとしているのか、彼の頭の中では寒気がする予感がちらついているのだろう。
そしてその予感は恐らく正しい――
「ふむ。わからんか? 国民という名の舞台装置たちは貴様らの祖先に刷り込まれて貴様らを王族と認識しているだけでしかないのだ。だからこうやって実態のある我々が強く意志を持って命令すれば彼奴らは従順に従う」
「待て、これ以上何を言うんだ! やめろ……やめてくれ……」
ロキにしてみれば今までの常識をひっくり返すような受け入れがたい事実が許容量を超えて提示されているのだ。恐々とするのは仕方ないだろう。
「国民が貴様らに忠実なのも。好意的な視線を向けるのも。それは全てそう動くように仕組まれているに過ぎないのだ。貴様らが有能な為政者なわけでは断じてない」
「嘘だ……あぁ……そんな……」
思考の処理がオーバーヒートを起こし、ガクリと膝を着いて項垂れてしまった。……ここいらが限界か。オレはロキの肩に手を置いて前に出る。
「何が正しいのか、ちゃんと自分で考えろ。掟だ、しきたりだなんて既存の概念に頼ろうとするな。信じるべきものは周りの意見に流されないでテメェの眼で見定めて判断するもんだ。それは王でなくても、一人の人間として背負うべき大前提の責任だ」
ぞろぞろと鈍い足取りで進軍してくる騎士たちの正面に相対した。
「ふん、大層な口を叩いているがこれだけの手勢を相手にどう立ち向かうつもりだ? 逃げるにしても王族のお守りをしながら、この多勢に無勢をどう切り抜ける?」
蠢く兵の一人から剣を受け取りながらアンナは余裕に満ちた表情で見据えて言った。
オレは股を開いて腰を落とし、地面に拳を突きつけながら愚蒙な女騎士を睨みつける。オレが向こうの世界で一番嫌いだったやつらがしていた表情を彼女は今オレの目の前で見せている。
オレがそういうものはないと思っていたこっちの世界でそれを晒している。
気に入らねえよ。余計なもんを見せるな。
そんなものをオレの前に出してくるんじゃねえよ!
オレは拳を引き戻し、地面を殴りつけて叫んだ。
「多勢に無勢ならなぁ……消しちまえばいいんだよッ!」
オレの足元に亀裂が走り、大地が割れた。
※※※
「な、なんなのよ。今のは」
エイルは愕然としながら先程までカクマジゲンがいたはずの場所を凝視して言葉を震わせた。
騎士たちに襲われた時も瞬く間に普通ではありえない距離を移動したので奇怪に思っていたが、目の前ではっきり見せつけられるともう気のせいでは済まされない。
「マヒト、あなたは何か知っているのね?」
ヴェスタが訳知り顔でジゲンを見送ったマヒトに詰問する。
「まあ、それは同じ世界にいたからね……」
歯の奥にものが挟まったような言い方でマヒトは答えた。なぜ彼はこうも頑なにジゲンのことを語りたがらないのだろうかとエイルは疑問に思った。
「マヒト君。あんたさっき、この状況をどうにかできるのはジゲンだけって言ってたわよね? いくらなんでもあいつ一人でアンナや騎士団の一個隊を相手にどうこうできるとは思えないんだけど」
「いや、そこについては絶対に大丈夫だよ。そもそも、彼には人数差というのはあまり関係がないんだ」
詳細を明らかにしようとしない割に、ジゲンがこの騒動を収める力量があるというその点だけは力強く答えてくる。
彼にはそう思えるだけの確信があるのだ。普通ではありえないことでも、ジゲンならひっくりかえせるという確証が。
エイルには持てなくて、マヒトが安心感を持てる理由。それは向こうの世界でのジゲンを見ているか見ていないかではないのか?
「ねえ、さっきの。あいつがいきなり消えたのって何なのよ。あんた、同じ世界にいたなら知ってるんじゃないの?」
「……それは」
言い淀むマヒト。そして何かに気が付いたようにハッとした表情を見せるヴェスタ。
「ふむ。そういえば彼は訓練場で剣を交えた時、奇妙な術を使って私の剣を避けていましたね」
アキレス曰く、剣先がジゲンの鼻先に軽く刺さるように突いたはずが謎の障壁に阻まれて防がれてしまったらしい。
そして気がつけばジゲンは頭を逸らしており、剣は地面に突き刺さっていたというのだ。
「あんた今さらっととんでもないこと言ったわよね。……後でしっかり話を聞かせてもらうわよ」
エイルが白い眼を送って凄むとアキレスは肩を竦めた。
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