第6話 できれば同郷であることを伏せて無関係を装いたい痴態であった。
どうでもいい邂逅もあったが、それはともかくとして僅かな期待が見事に外れたオレは手詰まりとなり、どうしようもなくなってしまった。
仕方ないので消去法的な後ろ向きの選択肢として近辺の散策を行うことにする。
すぐに帰れないのなら周りの地形をよく知っておくに越したことはない。
歩いてみて気が付いたが、この城は全体的に城壁に覆われた城塞のような造りになっているようだった。
オレが最初にいた井戸は中庭の外れにあったらしく、医務室のあった建物とは割と離れた位置に聖域のようにして拵えてあった。
小便小僧らしき石像が左右に並んだ道や綺麗に手入れのされた垣根に沿って歩いていくとやがて赤や黄、青といった花が咲き乱れる庭園に行きついた。
(綺麗だな……)
目に入ってきた景色について、オレは第一にそう感じた。日本ではなかなか見られない美麗な光景に心が澄んでいくような気さえする。
ただ、その澄んでいった心はこの後に目にする汚いもののせいで淀んでしまうのだが。
煉瓦の敷き詰められた石畳を歩いていくと庭園の中央にある噴水付近でテーブルを構え、卓上にティーポットやティースタンドを乗せて優雅に茶を嗜んでいる人影があった。
「あら、エイルの婿殿じゃない。もう起きたのね」
紅紫色のウェーブのかかったセミロングの髪に長い睫。
目元の泣きボクロやぽってりとしたリンゴ色の唇。
ドレスを着ていてもはっきりとわかる大きな胸。
エイルと比べるとやたらと艶っぽく大人びた雰囲気の少女がそこにいた。
『椅子』に腰かけてそこにいた。
「…………」
「私はエイルの従姉のヴェスタよ。よろしくね、エイルの婿殿」
「やあ、加隈君。久しぶりだね」
腰掛けてる椅子も喋った。
「……雨野、お前何やってんの?」
行方不明になっていた他クラスの同級生、雨野真人が女性に尻を乗せられるだけの存在となって異世界で這いつくばっていた。
「見ての通り、ご主人様の椅子の役を仰せつかっているのさ」
雨野は見る者を魅了するプラチナブラインドな微笑みで誇らしげにのたまったのだった。……さっぱり意味がわからなかった。
「お前、行方不明になってたんじゃなかったのかよ。どうしてこっちにいるんだよ」
ありのままの現場を見ても理解できず、訊いてみてもカオスな回答しか返ってこなかったのでオレは質問を変えた。
こちらにいることだけでも十分に驚愕だというのに余計な衝撃を付与してこないで欲しい。
「マヒトは私が婿として儀式で釣り上げたのよ」
椅子の代わりに『ご主人様』であるヴェスタが答えた。
「つまり、オレと同じ理由ってことか……」
「あなたたちは知り合いなのよね。さっきマヒトから聞いて驚いたわ」
「僕もびっくりしたよ。まさかこっちで同級生に再会するなんてさ。加隈君、向こうではあまり関わりはなかったけど、これからは同郷のよしみで仲良くやれたらうれしいな」
にこやかに言うイケメン雨野。その表情には一切の不安も焦りも見えず、こちらでの生活を受け入れて順応しているように感じられた。
「お前は帰りたいって思ってないのか?」
「全然、ここにいると満ち足りた気分になるし。むしろ、あっちにいた時より充実してるよ。ヴェスタほど理想の女王様はいないからね」
雨野は白い歯を見せながら清々しい声でゲスな返答をしてくる。
もう一度言うが、雨野真人は這いつくばって少女の椅子になっている。そしてそんな状態で実に幸せそうな顔をしているのである。
途方もない変態だ。頭がおかしい。
こいつ、こんなやつだったの?
できれば同郷であることを伏せて無関係を装いたい痴態であった。
「ここへ来て一年経つけど、ここは楽園だよ……」
恍惚とした表情で変態が語っている。もう何を言うなとその口を塞ぎたくなった。
「いや、お前が失踪したのは一ケ月前だろ?」
衝動を押さえ込みながらオレは雨野の言葉で引っかかった部分に突っ込む。
「ああ、君は僕がこっちへ来てから一ケ月後の世界から来たのか。やっぱりちょっとだけ誤差があるんだね」
「世界?」
「僕らがこちらに呼ばれた儀式が異世界と繋がったゲートに釣竿を垂らして行われるのは聞いているかい?」
「一応な」
医務室でエイルが言っていたことをぼんやり思い出す。
「釣竿は儀式を行った人物に合った相手を選定し、巡り合わせる。だけどゲートはいろんな次元のいろんな世界のいろんな時間とランダムに繋がるんだ。それこそ無数と言っても過言ではないくらいにね。だから同じ世界の同時代の知り合いが集うのは極めて異例らしい。僕らは同じ世界の少しずれた時間軸から呼ばれたというわけさ」
「なるほどな……」
そういう仕組みになってるのか。
つまりこいつとここで再会したのはある意味運命的な奇跡となるわけだな。ちっとも嬉しくないが。
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