第29話とある血族
「では、手筈通りにやってくれ」
市街に繋がる門がある一階層の中庭。武装した一般兵士に指示を出しているアンナをオレは柱の陰から窺っていた。
別にストーキングしているわけじゃない。偶然ふらついていたら見かけて居合わせただけだ。
そんで物珍しさから眺めてただけ。いや、マジで本当に。
「何者だ!」
……さすがは騎士団長。
気配を感じ取ることにかけては卓越したものを持っている。すぐに勘付かれたオレは降参するように両手を上げ、姿を見せた。
「ああ。君か……」
アンナが警戒を緩めると同時に得心いったという表情になる。
「うむ、ジゲン殿が神出鬼没というのは本当のようだな」
「なにそれ、そんな話が出回ってるのかよ」
「使用人や騎士の間では周知の話だ。唐突に城のいたるところでほぼ同刻に出現し、目撃されているとな」
……まさか噂になってるとは知らなかった。
そこそこ騒がれているみたいだし、怪談扱いされる前に散策は控え目にしたほうがいいかもしれん。
調子に乗ってあちこち回ったのがよくなかったか。
「できれば城の外、市街にも出てみたいんだけどな」
城内で何もヒントが得られないなら街に出て新たな情報を探っておきたい。望みはだいぶ薄いが、ゼロでないなら積極的に行動していきたいのだ。
「……それはもう少し待ってもらえないか? もうじき国王殿下や総隊長も戻られる。その日に合わせて城側も迎える準備で慌ただしい。しかも最近は現界教の姿が辺境で目撃されていて、今も私の隊を調査隊として派遣したばかりのところだ。余計な懸案事項は増やしたくない。新しい世界で物珍しいのかもしれないが、あまりふらふらするのは控えてくれ。自らの身分をお考えになっていただければ、城外へ出回ることの危険性はおわかりになるだろう?」
「……エイルの婿殿だからってことか」
「うむ。そういうことだ」
王族になる者として大切にされているようでその実、これは軟禁と変わらない。息がつまりそうだ。生まれた時からこんな雁字搦めじゃ、ロキも牙を抜かれて従順になってしまうのも無理はないかもしれない。
「上階に戻るのなら途中まで送ろう。私もちょうど一段落ついて隊舎に戻るところだったんだ」
経緯的にどう考えても監視としか思えない申し出をアンナからされた。断るという選択肢は与えていないぞという雰囲気がびんびんに伝わってくる。
「……ああ、わかったよ」
わかったから、その威圧感をしまえ。
アキレスじゃないが、本当に勤務熱心な騎士隊長さんだぜ。
まあ、せっかくだしいろいろ話を聞いてみるとしようかね。民間出身のアンナなら王族とは違った目線で釣竿やゲートに関係する話が聞けるかもしれない。
エイルたちの知らない直接的ではないが帰還に役立つ情報を知っている可能性もある。
「なあ、さっき言ってた現界教ってなんなんだ。こっちにある宗教かなんかか?」
歩き出しながら、オレはさり気なく話題を振ってみることにした。
「…………」
アンナは短く沈黙。もしや、あまり深堀してはいけないワードだったか? 早速話題のチョイスをミスってしまったかもしれない。
「……現界教とは王族に反抗的な姿勢を取っている、とある血族の総称だ」
言葉を紡いでくれたことでオレはとりあえず僅かながらの安堵をする。しかし話す内容は穏やかではなさそうだ。
「とある血族?」
「そうだ。連中はこの世界が始まったときから存在し、今もなお世代を跨いでこの世界に王家と並んで創世の時代から生き続ける古き血族。この世界は偽りの幻想に過ぎないと言って、いつしか本物の世界へ帰還せんとしている日陰者の集団だ」
「本物の世界……? そいつらも異世界から連れてこられたのか?」
アンナは頷き、
「彼らが言うには最初にこの世界に降り立ったのは王族の祖先と自分たちの祖先であり、また本当の肉体と魂を持つのは自分たちだけ。その他の人間はこの世界が生まれた時に本物の存在である自分たちが知覚したことによって初めて姿を得ることができた影に過ぎず、自我を持っていると錯覚しているだけの舞台装置に過ぎないのだという」
「…………」
「つまるとところ、連中は王族と自分たちの血族以外の人間はすべて虚構の存在であるという驕った選民意識を持った、この世界の異端者たちなのだよ」
アンナは続けてそう言った。
自分たち以外は偽物の存在。それはまた人間本位というか自分本位というか。確かに驕りと言われても仕方ない主張である。
国を統べる王族を同等に見ていることが他に並ぶものを認めて許しているという謙虚な姿勢であるように錯誤して映ってしまうほどだ。
「ん、ちょっと待て。最初に降り立ったのは王族も? じゃあ王族も本来は異世界からやってきた連中がルーツになっているのか?」
オレは初めて耳にした新事実に驚き訊ねる。
そんな話はエイルからは一度も聞いてはいない。
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