第18話「死にたくないなら乗り切って下さいね」
「その太刀筋、剣の心得があるようですね」
オレの素振りを見てアキレスが一目で見抜く。そう言ってもらえるということはどうやら昔の経験はまだ損なわれていないようだ。
「まあ、かじったことがある程度だけどな」
「どうですか、ジゲン殿。よかったら軽く一試合やっていきませんか」
腰に下げた剣を引き抜いてアキレスがそんな提案をしてきた。
「いやいや、さすがに本職の騎士様に剣じゃ勝てねえって」
こちとら小学生までしかろくな練習をしていない。毎日剣を振るって剣の腕前で飯を食っている連中に勝る要素など一つとしてない。
「でも、その言い方だと剣以外では勝てると言ってるように聞こえますね」
「…………」
にっこりと微笑んで放たれたアキレスの揚げ足取りにオレはしばし沈黙。
「ま、その判断はそっちに任せるさ」
オレが明言せずに煙に巻いた返事をするとアキレスは肩をすくめて苦笑した。いや、だって百パーセント勝てませんって認めるのは何かみっともないだろ。
「おっ、なんだ。隊長が稽古の相手すんのか?」
「久々に隊長の試合が見れるっぽいぞ」
「相手は誰だ? 見ねえ顔だな」
どこから湧いたのか、入り口の辺りに騎士たちが集まって来ていた。訓練場の中にいた連中も注目して視線を送ってきている。
お前らさっきまでオレたちそっちのけでどうでもよさそうな雑談で馬鹿笑いしてたじゃねえか。急に食いついてくるんじゃねえよ。
どうでもいいが、ここの連中はスキンヘッドや剃りこみなど、柄が悪そうな風体のやつが多いな。この国の騎士は輩の集まりなのか。
「ギャラリーはああ言ってるけど。それでもやめておきますか?」
断れないだろうということを見越してアキレスが訊ねてきた。小憎たらしく笑いやがってこの野郎。
「こういう場の空気に踊らされるのは好きじゃないんだけどな」
とはいえ、ここで引くのは初手としてよくない方向へ向きそうだ。
マイナス評価とでもいうのだろうか。元の世界でもオレに標準以上の力があったからこそ、攻撃は直接的ではない姿を見せずに行われる陰湿なものだけで大半はおさまっていた。
あれでオレが反撃のできない弱者であったなら、周囲は得意げになって正面からの罵倒を常に行っていただろう。
つまり、腰抜けのそしりを受ければ遠慮というものはなくなる。
畏れをなくせば尊厳を失う。オレが王族の婿という立場である以上、正面切って舐めた態度を取られることはありえないだろう。
だが威厳がなくなればそれはただの裸の王。
張りぼての権力の前に吊るされた道化だ。
そうなることは確実にオレをこの世界で生き辛くさせるだろう。
「まったく、厄介な提案をしてくれたもんだ。とんだ食わせ者だぜ、あんた」
「うちの隊は荒くれ者が多いのでね。こういうことへの食いつきはすこぶるいいんですよ。申し訳ないことですが」
荒くれ者が多いのは見たらわかる。どちらが勝つかという賭けまでし始めたしな。オレに賭けてるやつはいなさそうだけど。
それ、賭けになるのか? 自由なやつらだ。チンピラと変わらない。
大丈夫なのかこの国の兵士は。
「…………」
エア子もエア子で相も変わらず澄ました顔で案山子のように突っ立っている。黙ってないで何か喋ったらどうなんだ。
「得物はそれでいいですか? なら、早速始めましょう」
「は? お前、これ竹刀で……」
オレが意義を唱える間もなく、アキレスは剣の先端を思い切り突き出してきた。
「あぶねっ」
迫りくる切っ先を間一髪で回避。後方に跳ねて安全圏へと移動する。
「へえ、なかなかやるものだ」
ニヤリと口元を上げて、飄々とした態度で口笛を吹く。
「この野郎……。どういうつもりだ」
「はて、なんのことやら。次、行きますよ」
とぼけたふうに言ってアキレスは再び間合いを詰めてくる。こいつ何考えてやがる。マジで殺す気か?
「……っ!」
真剣と竹刀じゃ強度が違いすぎる。相手の攻撃を正面から受けることもできないし、防ぐこともできない。
頭おかしいだろ。こんなことして許される世界なのか? だとしたらオレはこちらの世界を少々懐疑的な目で見ざるを得なくなる。
「死にたくないなら乗り切って下さいね」
アキレスの態度は冗談ではない。本気でオレに殺意を向けてきている。
周りの連中はアキレスの殺気に気付いているのかいないのか。
馬鹿騒ぎをして大盛り上がり。止めに入ってくる気配はない。
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