第19話「いえ、ひょっとしたらありえるかもしれない戦闘状況への指南です」

「……上等だ」


 こいつがどの程度の使い手なのかは知らないが、オレは最悪死なないようにする手立ては持っている。なら隙を突いて抑え込めばいい。


「結局、ここでも自分の力だけが頼りってことかよ」


 オレはアキレスが振り下してくる剣を避ける。そして空振って低い位置に降りた剣を上から踏みつけて地面に強引に押し付けさせた。


 股関節の柔らかさに定評のあるオレだからなせる技である。元の世界では派手な赤髪と噂が噂を呼んで複数人の不良を相手にすることはザラだった。


 おかげで喧嘩慣れはしていて機転は割と利く方なのだ。


 剣を踏みつけた足はそのまま、前に踏み込んで竹刀の先端でアキレスの喉を狙う。最小限で相手の動きを止めるには急所を的確に捉えるしかない。


 しかしアキレスもそう甘くはない。


 竹刀が触れる前に素早く身を屈めてオレの視界から姿を消す。その見失ってしまった一瞬が決定的な隙になってしまった。


「うッ」


 アキレスに力強い蹴りで足を払われたオレは重心を崩されて後方へ無様に倒れ込む。


 地べたに背中を打った衝撃にハフッと息を吐き出すと、跨ぐように仁王立ちになって剣を突き立てようとしているアキレスがいた。


「不本意ですが、これも運命だと思ってください」


「アホか、こんなんでやられてたまるかってんだよ」



 鋭利な剣先がオレの喉笛に一直線に突き立てられる――



「貴様ら、何をやっている! 私闘は禁止になっているはずだぞ!」


 ハスキーな女性の怒鳴り声が響いた。


 取り囲んで観戦していた男どもを掻き分けて、騎士の鎧を着た紅色の髪の美女がずんずんとこちらに向かって来る。


 彼女の後ろにはエイルや昨日井戸の前で会ったクソガキ、幾人かの騎士もいた。


「なかなか面白いことができるもんですね」


 アキレスはそう言ってオレの首元の数センチ横に突き刺さった剣を引き抜く。人を食ったような不愉快な笑みだった。


「反応も動きも悪くない。度胸もある。だが、少し視野が狭いな。それでは大勢を相手にしたときに誰も守れない」


「何の話だ」


 寝そべったままオレは睨みつける視線を送る。


「いえ、ひょっとしたらありえるかもしれない戦闘状況への指南です」


 剣を鞘に納めて、アキレスは不敵に言う。何だかこの戦いも品定めのためにされていたような気がして癪に障る。


「ジゲン、大丈夫なの!?」


 心配を顔に貼り付けてエイルが駆け寄ってきた。


「大丈夫だが、お前ら何で来たんだ?」


 オレは上体を起こして立ち上がりながら訊ねる。


「エアが呼びに来てくれたのよ。あんたとアキレスが戦ってるって。アキレスを止めるなら同じ隊長格がいないとどうしようもなかったから、ちょうどアンナがそばにいてくれて助かったわ」


 そういや途中からエア子の姿がまったく見えなくなっていた気もするな。存在感がないから気が付かなかった。


 あいつ、エイルたちのところへ行っていたのか。エア子のやつは喋らないがやはり配慮の利いた行動がとれる人間のようだ。


「あの人も隊長なのか」


「そうよ。彼女はアンナ・エンヘドゥ。西方部隊の隊長よ」


「へえ……」


 彼女が引きつれてきた数人の騎士は訓練所でたむろしていた連中よりもきちっとしていて、王国の騎士らしい気風の漂った身なりをしていた。


 ……やっぱりここにいたやつらが特別やくざ者だっただけか。


「貴様の隊はいつもいつも問題行動を繰り返してばかりだ! 隊長の貴様がそんなことだから隊員がつけ上がるのだ!」


 アンナはアキレスに詰め寄って厳しい叱責を行っていた。その光景を見てオレはざまあ見ろとアキレスを心中で笑った。


「ハハハ、嫌だな、アンナ。これは私闘じゃない。稽古の一環だよ」


 しかし当の本人は平気の平左。猛る女騎士の激高を砕けた口調で何食わぬ顔をしながら右に左に流している。


「王国最強の証である剣聖の称号を持つ貴様が素人相手に真剣を使って、何が稽古だ! 彼の人に大怪我をさせたらどうするつもりだったんだ! 寝言は寝て言えッ」


 王国最強? おいおい、本当ならマジで寝言こいてんじゃねえぞ。


 そんなやつを相手にしていたのかオレは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る