第20話「お前も大概、ヒデェやつだよな」
「実戦の緊張感が味わえるおもてなしのつもりだったんですが。度が過ぎたようですね。失礼致しました」
ぺこりと頭を下げ、オレへ向かって芝居がかった謝罪をするアキレス。
「そもそも貴様の隊員は日頃の態度からしてだらしない。うちの女性兵にいやらしい視線を送ったり、今だって賭博を行ったり……。しかもこの間は隊舎の武器庫の鍵を失くしたそうじゃないか。大体、昔から貴様は……」
ガミガミと怒鳴るアンナ。へらへらとした態度でそのお叱りから逃げるように歩きだすアキレス。
二人はそうやって連れ立っていくように訓練場から出て行った。
何だったんだ、あいつは……。まるでハリケーンみたいだったぞ。
好き勝手やっていきやがって。
「それで、どうして書物庫にいるはずだったあんたがこんなところでアキレスと実戦稽古なんてやってたの? というか、本当に稽古だったの? 一方的に喧嘩を売られたとかじゃないのよね」
エイルはオレをジト目で見て、ここにいた理由や事実の確認をしてくる。
実際のところ、ほとんど絡まれたのと同じだったがオレは問題ないと言って事態を収めることを優先する。
騒ぎになったら面倒そうだったし、やられたぶんをやり返してないからな。先に処分を下されたら困る。それまでは沈黙してやるさ。
「文字が読めなかったんだよ。そんでやれることがないからエア子に城を案内してもらってたんだ」
「エア子?」
「……エアだな、エア。間違えた」
やべ、つい心の中のみの呼称が口に出てしまった。
「アキレスって剣の腕前は確かだけど、なんか捉えどころがないっていうか、考えてることが読めなくてちょっと恐いから……心配しちゃった。彼の南方部隊は四方騎士団の中でも荒くれ者揃いなのにアキレスには割と忠実だし」
「インテリヤクザかあいつは」
オレは呆れながら言った。
「やく、ざ?」
首を傾げてほんわかしたイントネーションで言葉を繰り返す。
「何でもない。それより……」
言語の不一致に関しての助力を求めようとオレが口を開いた時、
「……フンっ」
少し離れた位置で不機嫌そうに立っている金髪のクソガキが目に入った。
「あのガキ……」
「ロキがどうかしたの?」
オレの視線の先に気が付いたエイルが反応してくる。
「ロキっていうのか、あいつ」
オレと目が合うなり身を翻して去っていく少年の背を眺める。
……あいつ、どうして着いてきたんだろうな。
「ロキはウトガルドの王子よ。それであたしの従弟。可愛いでしょ?」
ふふんと、なぜか得意げにエイルが言った。
「あれくらいの年の野郎に可愛いとか言ってやんなよ……」
一番気にする年頃だぞ、知らんけど。
それに多分、あのガキはお前のこと好きなのに。井戸の前でのやり取りやヴェスタが言っていた言葉から類推すれば、まあ的外れではないだろう。
「そうなのよねぇ。あの子、もう十三なのに儀式をやるのをずっと拒否し続けてて……。ほんと、困った子だわ」
あくまでロキを子供扱いするエイルだった。
「ん? 十三で儀式なのか? 儀式は十六からって言ってなかったか」
「あれ。あんた覚えてたの?」
「それくらいは覚えてるさ」
オレの記憶力を何だと思ってやがるんだ。
「国王直系の王子は十二歳で受けることになっているの。といっても、必ずその年に受けなきゃいけないってわけじゃないけどね。でも、歴代の王様たちは年齢に達したらすぐにやってたから、ロキが拒否し続けてるのは結構問題になってるのよね」
どうしてそんなに嫌がるのかしらね、とエイルは不思議そうにのたまうのだった。
いや、だからそれお前が……。ああ、面倒臭い。
そもそも、こういうのは他人があれこれ言うのは無粋だろう。
「お前も大概、ヒデェやつだよな」
オレは黙っておくことにした。軽口だけをエイルに飛ばして。
「何よ、失礼なことを。せっかく助けに来てあげたのに」
いわれのない誹りを受けたと憤慨して不機嫌そうに頬を膨らませるエイルを見て、オレは前途多難な王子に同情した。
※※※
不機嫌な足音を鳴らしながら、城内の廊下を歩く者がいた。
ロキ・アルゴナウティカ・ウトガルデロック。ウトガルド王国の王子である。
「アキレス、あれは一体どういうつもりだ」
ロキは通路からひょっこり顔を出してきた騎士に厳しい視線を向ける。
アキレスが一人でいるということは訓練場で起こした騒ぎの説教をしていたアンナは彼に巻かれてしまったらしい。
まったくもって要領だけはいい男だとロキは嘆息する。
いや、アキレスが最も優れているのは剣の腕前か。そのおかげでこのアキレスは人の上に立てる器にないにも関わらず王城で地位を手にしているのだ。
『あの連中』への抑止力として、彼は王国が持つ最大のカードなのである。
代替の利かない存在であるからそうそうのことでアキレスの立場は脅かされない。
それをわかっていてギリギリのラインで勝手気ままに振る舞うアキレスのことを王族の責務を強く意識しているロキは好きになれなかった。
「おや? ロキ様が彼を挑発して私闘を吹っかけるようにと仰せられたのではないですか。エイル様の前でジゲン殿のみっともない姿を晒させるようにと」
わざとらしく驚いた口調で述べるアキレス。その態度がなおさらロキを苛立たせる。
「泣いて侘びを乞う姿を引き出せればよかったのだ! それなのに貴様は一歩間違えたら殺していたかもしれない危険な真似をして……! 何を考えている!」
そう、幼い頃からエイルに恋慕しているロキは儀式で現れたジゲンを快く思っておらず、彼女からジゲンに幻滅するよう仕向けるためアキレスに手を回していたのだった。
例え目の前の男がいけ好かなかったとしても、騎士隊長で唯一の存在である彼は一兵卒よりは口を割る可能性が少ないし実力も確か。
話を持ちかけるにはうってつけの相手だった。
そもそもアンナは間違いなく引き受けないだろうし、総隊長や副団長などでは逆にロキが窘められてしまう。
そんなわけで消去法によってアキレスを頼ったわけだが、
「いやはや。思ったより、あの方は肝が据わってましてね。それと腕っ節の方もそれなりにありまして」
王国最強のこの男が元の世界ではただの一般市民であった少年を脅威にするとは考え難い。
アキレスは忠義を誓っているように見えて適当に流しているフシがある。恐らく怠惰な取り組みを覆い隠すための言い訳なのだろう。
「真剣とシナイでは圧倒的にやつが不利。それではたとえ上手く叩きのめせてもやつに同情がいってしまうだけになっていた。あれでは本当に意味がなかっただろう! どうなのだ、貴様!」
「ああ、それは失念しておりました」
怒るロキに臆することもなくあっさりと過失を認めるアキレス。
だが目端の利くこの男がそんな簡単なことを見通せないだろうか。そもそも真面目にロキの命令を遂行しようとする意志があったのかすら今となっては疑わしい。
土台、このピエロやジョーカーのような男を自由に扱えると思ったことが間違いだったのだ。前提からアキレスは頼るべき存在ではなかった。
ロキはがっくりと肩を落として己の青さを恥じ入る。
「フフッ。しかしエイル様は彼を気に入っていないと話していた割に随分心配なさっていたようでしたね。このままではエイル様はジゲン殿に持っていかれてしまいますよね?」
「うぐぐっ……」
「だから、いっそ――全てを終わらせてしまいませんか?」
「何だと……?」
「私にいい考えがあるのですよ――」
嫌らしく、ねっとりとした声を立ててアキレスはロキに囁く。
焦点の合わない瞳を見開いて両拳を握りしめる少年とそれを愉快そうに眺める騎士の姿がそこにはあった。
※※※
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