第16話彼女は空気のような存在となってオレの後方に佇んでいた。
窓から射し込む朝日の光で目が覚めた。
上体を起こして横を向くと安らかな寝顔を見せているエイルがいた。
「うわぁ……」
よく考えたら、オレはこんな美少女と同じベッドで寝てたんだな……。
昨日は異世界に連れてこられたことばかりに頭がいって特に意識してはいなかったが、これは相当なアレなことではなかろうか。
今日からは理性を保つのに一苦労しそうだ。いや、何もする気はないけどさ。
「すーすー……」
陽の光にその白い精緻な面を照らされながら気持ちよさそうに寝息を立てているエイル。
昨日会ったばかりの野郎が隣で寝てるのにこいつは何も気にせずぐーすかと……。
警戒心がなさすぎるぜ。
こっちの気も知らず暢気なヤツだよ、まったく。オレは呆れ混じりの視線を熟睡中の眠り姫に向け、やれやれと鼻を鳴らした。
それから数刻して起床したエイルとともに食堂で朝餉を済ませたオレはエイルの勧めで城内の書物庫に行って元の世界に帰るためのヒントがないか探っていた。
しかしエイルのやつは食事中にやたらと欠伸を連発していたが、あれだけスヤスヤと眠っていたのにまだ寝足りなかったのだろうか。
彼女はあまり朝が得意な体質ではないのかもしれない。
ちなみにエイルの両親とは彼らが国王の地方巡礼の旅に同行しているため、今のところは顔合わせをせずに済んでいる。
婚約を蹴ろうとしている身分としては顔を合わせるのは非情に気まずいことなので願ったり叶ったりだ。
オレが帰るまで一生戻って来なくていいぞ。
エイルは王族として日中はいろいろと学ばなくてはいけないことがあるらしく、書物庫には同行できないとのことだった。
それには雨野も参加しているようで、オレも近いうちに強制受講させられると言われた。
だがそんなのは真っ平御免だ。
やれやれ、早く帰る理由がまた一つ増えてしまった。
案内なしでは大変だろうということでオレはエイルにメイド服を着た使用人の少女を付き人として宛がってもらっていた。
彼女の名はエアというらしい。が、何分無口な子なようで特に会話らしい会話はせず、彼女は空気のような存在となってオレの後方に佇んでいた。
「…………」
終始、無言。
一応儀式のことについて書かれた本のある棚までは誘導してくれたが、それ以降は何一つ言葉を発しない。
この子、何のためにいるんだ。
アドバイス的なことをさせるためにエイルが同伴させてくれたのかと思っていたのだが。そういう役割を働こうとする気配はなかった。
蔵書に詳しい司書を勤めている人物も国王について行っているので不在。訊ねることはできない。
頼れる者がいないのなら自力でどうにかするしかあるまい。それにしても王室の書物庫だけあって大きさは高校の図書室など比較にならないほどの規模だ。
分厚い本が何冊もピッタリと納まって連なっている木製の本棚たち。天井は吹き抜けで階段を使わなくては上の書棚には届かない。
部屋全体には古本の香りが湧き立ち、その知的な雰囲気に圧倒される。きっと本好きの人間なら垂涎ものの環境であろう。
これだけの情報の中から元の世界に帰るヒントを探すのは途方もない作業だと辟易したものだったが……オレがそんな苦労をすることはなかった。
順調な結果ゆえではない。作業に至ることもできなかったのだ。
そう、オレはこの世界の文字が全く読めなかった。
エアに読んでもらえるか訊ねてみたが、彼女は簡単な読み書きしかできず、ここの書庫にあるような複雑な文体で書かれたものは解読できないという。
しばしの間、うんうん唸りながら文字だらけの中に時折挟まれる挿絵を見て内容を推察したりしてパラパラとページを捲っていたりしたものの、さっぱり意味はわからず。
やがて時間の無駄だということに気が付いた。
こればっかりはこっちの言語を学ぶか、わかる人間と一緒に来るしかない。
あれ、だとすると何でオレはエイルたちと会話ができているんだ? 意思疎通が可能なら用いられる言語も同じじゃないのか?
だとしたらあいつらは日本語を話しているのか? だが本に綴られている文字はよくわからんうねうねとした象形文字のようなもの。
「これ、どういうことなんだ?」
「…………(エアの無言)」
……しょうがない、後でエイルか雨野に訊くとしよう。
余談だが、引っ張り出して解読を諦めた本はそれを察したエア子(心の中でそう呼ぶことにした)がさり気なく元の場所に戻してくれていた。
彼女は無口だが気が利く性格のようだった。
……オレもあんなふうに手軽に元の場所に返してもらえないもんかね。
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