第17話「入りたいからそこ、どいてくれないか?」


 書物庫での進展に見切りをつけたオレはエア子の案内で城内を見て回ることにした。昨日も中庭をちょろちょろと歩き回ったが、内部はまだ知らない場所が多い。


 エア子から聞くと、この王宮はオレの見立て通り城塞の形になっているそうで、三つの層に区分された構造なっているらしい。


 城の外観は遠目から眺めると上向きの三段に重ねられたホールケーキのような形に見えるという。


 まさに要塞。そびえる城壁は侵入を試みる敵に隙を与えない。


 もっともこの世界に国家はこのウトガルドしかなく、敵というのも気の迷いを起こした盗賊程度しかいないという話だが。


 異世界に繋がる井戸型ゲートやオレが昨日夜を過ごした王族の居住スペースは最上層に位置していた。


 書物庫はその一段下の二層目にあり、他には騎士団の詰所や訓練場がある。


 オレはエア子のガイドに従って二階層の散策に励んだ。こういうことで発見する地味で些細な情報が案外どこかで役に立ったりもすることもある。


 一期一会を大切にとは姫巫のじーさんがよく言っていた言葉であった。


 二層目の中庭は王族がメインに暮らす上層と比べると特に舗装されているわけでも花を植えられているわけでもなく、ただ土が敷かれているだけでところどこに雑草も生えており、さほど熱心な手入れは行われていないようだった。


 最上層と比べるとやはり野暮ったい印象である。


 馬舎の隣に併設された兵士の訓練所を覗き込んでみると数人ぽっちの騎士たちが木刀を使って遊び半分にチャンバラ稽古を行っていた。


 中には座り込み、雑談をしながら腹を抱えて笑っているやつらもいる。騎士団の規律とかはよく知らないが、これはどうなんだ?


 だいぶ弛んでいるように見えるが……。まあ、敵も滅多に攻め込んでこない国の兵士ならこんなもんでいいのかもしれない。


 万が一攻め込まれたら大変なことになりそうだけど。




「へえ、今は四つある部隊のうち半分が国王の旅に同行してるのか」


 エア子からそんな騎士団の状況を聞いたりしつつ見学をしていると、


「入りたいからそこ、どいてくれないか?」


 銀髪に碧眼の二枚目な顔立ちの青年がオレたちの背後に立っていた。オレたちは入り口を塞いでしまっていたようだ。


「ああ、悪いな」


 オレは謝罪の言葉を述べ、速やかに道を譲った。そのまま横を通り過ぎようとした青年騎士は横目でオレを見ると立ち止まる。


「おや、よく見たらあなたはエイル様の婿殿じゃないですか」


「オレのこと知ってんのか?」


 唐突に話しかけられ、オレは思いのほか自分の顔が知れ渡っていることを知る。


「それはもちろん。私もあの儀式の場にいましたからね」


「そういや視界の隅に鎧の集団がちらちら映ってたな」


 あの中の一人がこいつだったのだろうか。


「ウトガルド王国騎士団、南方部隊隊長を務めておりますアキレスと申します。以後お見知りおきを」


 アキレスと名乗った青年は恭しく会釈する。


 オレと三、四歳くらいしか違わないように見えるが。……こんなに若いのに隊長なのか。


「よかったら中へどうぞ。むさ苦しいところですがね」


 アキレスの言葉に甘えてオレは訓練場に足を踏み入れる。壁際に置かれた壺の中には古今東西、たくさんの武器が並べられていた。


「お、竹刀か……」


 こんなもんまで伝わってるのかよ。もはや何でもアリだな。


 懐かしく思えたオレは手に取って軽く素振りをする。


 まだこっちに来て一日しか経ってないのになぁ……。


 随分と遠い世界の出来事だったように感じられてしまう。

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