第41話そして彼女は――エイル・スカンディナヴィアは、

「そうか……。君がそう決めたんだったら。いいよ、わかった。なら全部君に任せるよ」


「ちょっと、マヒト! 何を言っているの! あんたそんな情けない男だったわけ!? ジゲン一人に押し付けて恥ずかしくないの!?」


「違うんだよ、ヴェスタ。彼は特別なんだ。この四面楚歌の状況をどうにかできるとしたら彼の力以外にはありえない。そして、僕らが介入することはその可能性を削ることと同意義なんだよ」


 雨野は激しい剣幕で迫るヴェスタを冷静に諭した。


 いつも椅子になっている男とは思えないクレバーな口調だった。


「それどういう意味? わけわかんないわよ」


「僕の口からは言えないんだ。ごめんね」


 雨野がヴェスタの髪を柔らかく撫でると、ヴェスタは頬を赤らめて無言になって俯いてしまった。


 いつも椅子になっている男とは思えない包容力だった。


 エア子は明後日の方向を向いて何もない空間を凝視していたので異論はないようだ。


 ルナは何も考えてなさそうなドヤ顔でサムズアップを向けてきた。


 そして彼女は――エイル・スカンディナヴィアは、


「ねえ、ひょっとしてあんたのその自信ってさっきのやつが関係してるの?」


 エイルは心許ない声音でオレの服の裾を掴む。


 彼女は確かな答えを欲しているのだと、オレは悟った。


 ここで全てを白状してから行くべきだろうか。


 いや、だが……。


「まあ、見てろや」


 トンっとエイルの額を小突いてオレは笑った。誤魔化すように微笑んだ。とどのつまり、結局は勇気が出せなかったことを隠すための格好つけに過ぎないのだが。


「ジゲン……」


 悪いな、後でちゃんと全部話すから。拒絶されるかもしれないとわかっててもちゃんと話すから。

だからもうちっとだけ、我慢してくれよ。



「楽しみにしていますよ」



 オレは目的の位置を脳内でイメージし、ロキの待つゲートのある場所へと移動した。


 最後の言葉がアキレスとか勘弁してくれ……。


 心の声に呼応する台詞を投げてくるんじゃないよ。気色悪い。


 さて、何はともあれ。元の世界で『次元の悪魔ディメンション・デビル』と、そう呼ばれた男の無双劇の開園だ。



※※※



「見つけましたよ」と前方から笑顔を向けて近寄ってきた騎士隊長のアンナ・エンヘドゥに違和感を覚えてロキは身を強張らせた。


 なぜ彼女は微笑んでいる? 


 彼女はあんな柔和な笑い顔を見せる性格の女性だったか?


 規律に厳格なアンナが夜間に部屋を抜け出してこんなところにいる自分を見つけてなぜ寛容な表情をしている?


 どうしようもない感覚のズレがロキの胸中で波紋を呼び起こして心許ない気持ちを沸き上がらせる。


「アンナよ。お前は……怒っていないのか?」


 恐る恐る、ロキは訊ねる。目の前の女騎士は厳しい表情を見せているのが常で、手放しに機嫌のよさを外に出している状態はやましいことのある今のロキには逆に恐ろしいのであった。


「ふふっ、なぜそう思われるのですか?」


 穏やかな甘い響きのある音でアンナは言った。聞きなれない彼女のそんな女性的な高音にぞわりと背中に寒気が走る。


 いや、これは失礼な反応だとロキは考え直す。


 彼女だって人間で女性だ。花が咲くような微笑みを見せて、高く伸びのある声を発してもおかしいことなど何もない。


 ……その納得させかたがそもそも無礼に値するのではという思考には微塵も行き当たらないロキであった。


「……いや、怒っていないのなら気にしなくていい。それより先程から城の方で轟音が聞こえている気がするのだが、何か知っているか?」


「いいえ、特に何も」


「そうか、なら私の気のせいか。私はもう少し夜風に当たってから城に帰ろうと思う。悪いが一人になりたいからお前は戻ってくれないか」


 もう間もなくすればアキレスから果たし状を受け取ったジゲンがここへやって来るはず。


 そうなったときに決闘を行なおうとしていたことが明るみになれば明日帰ってくる父上にお叱りを受けるのは間違いない。


 もちろん今目の前にいるアンナからも。


 私闘を行うなどというのは、誇り高き王族の血に対する裏切りに他ならないのだ。従ってこれは絶対に内密に抑えておきたかった。


 まあ、ばれなければいいというわけではないが今後を考えれば差し引きで国のためになるとアキレスに諭されてロキは今回決断を下したわけである。


 甘言に乗せられたという見方もできなくはないが、それは考えないことにする。


「……アンナ?」


 退場を命じたアンナが一歩も動こうとしないことに不信感を覚え、ロキは訝しげに彼女に声をかける。


「何かここに用事があったのか?」


 自分と同じように引けぬ事情があったのなら、非常に困るがどうにかしなくてはと思い訊ねる。


 ロキのそんな問いかけにアンナは頷いてつかつかと歩み進んで近づいてきた。


「先程、ロキ様は私に怒ってはいないかと、そう訊かれましたね? 申し訳ありません。実は嘘を吐きました」


「……嘘?」


 彼女の放つ威圧感に飲み込まれ、ロキは掠れた声で訊き返す。腰が引けて無意識に足を震えさせながら思わず後退してしまう。


「本当は怒ってます。憤死しそうなほどの強い怒りを私は覚えています」



「お、おい、アンナ? どうしたのだ……?」



 ただならぬ雰囲気を感じ取り、ロキは心臓が冷え、鼓動が早まっていく感覚を覚える。



 アンナはカッと目を開き、そして――



「そう、お前たち王族には――何年も昔からずっとなッ!」



 そう叫ぶと、



「なっ、貴様――ッ!」



 腰に下げた剣を引き抜いて振り下してきたのであった。


 まさかの実直な女騎士の乱心にロキは真っ白になる。

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