第4話 「こんなところにいつまでもいられるか。オレは自分の世界に帰らせてもらう」

「このロマンがわからないなんて……」


 エイルは唖然とした。自分の常識が全否定されたことに衝撃が走った。


「ロマンでもマロンでもなんでもいい。とにかくオレは帰るぞ。ここが異世界っていうなら今すぐオレを元の世界に帰せよ」


「無理よ」


 礼儀のない横柄な言い方にむっとしながらエイルは言った。


「どうしてだよ」


「だってゲートは一方通行で、これまでこっちに来た人はいるけど帰った人は皆無だもの。大体帰りたいと思う人なんてこれまで――」


「約束したばっかりなのに畜生め……」


 赤い髪の少年はぶつぶつと独り言を言っている。何の話をしているのだろうか?


「ねえ、あんたは元の世界に帰りたいの?」


「当たり前だろ」


 少年はエイルの目をまっすぐに見据え、はっきりと断言した。


「……おかしいわね」


「おかしかねーよ。自分の場所に帰りたいと思うことの何がおかしいんだ?」


「いや、それはそうなんだけど。でも――」


「とりあえず、どうやってオレをこっちに呼んだんだ。同じことをすれば帰れるかもしれない」


「どうやってって。聖水を注いだゲートに黄金の釣竿を垂らして……」


「ゲート……。そいつはどこにあるんだ!」


 ベッドから這い出てつかつかと歩み寄ってきた少年はエイルの肩を掴んで激しく前後に揺さぶる。


「あ、あんたが最初に入っていた煉瓦の囲いがそうよ」


 肌に直接触れる少年の手の平の感触にエイルは身を強張らせた。


 また無遠慮に顔を近づけてこられて動揺し、視線が合わせることができなくなる。


 厳めしい顔をしているくせに何気に綺麗な肌をしていてムカつく……という感想もおまけで覚えた。


「あの井戸みたいなやつか。よし、わかった」


 情報を聞き出すなり、用済みとばかりにぱっと手を離すと少年はエイルの横を通りぬけて扉へ向かっていく。


「ちょっと、どこ行くのよ」


「こんなところにいつまでもいられるか。オレは自分の世界に帰らせてもらう」


「それ、何かよくないことが起こりそうな気がする言い回しね」


 ふと思った感想が口を衝いて出る。


 どうしてそんなことを思ったのかはわからないけれど。


 エイルは不思議とそれが決まり事のような気がしたのだった。


「この世界にもフラグってあるのか?」


 少年はなぜかぴたりと足を止め、不安げに振り返ってきた。


「え、フラグ? 旗?」


「……いや、なんでもねえ」


「そ、そう?」


 そしてバタンと音がして、木製の扉が閉まるのを見送る。


「――って、待ちなさいよ!」


 あまりの聞く耳の持たなさと強引さにそのまま流されてしまったエイルだったが、我に返って慌てて後を追いかける。


「……あれ、いない?」


 ドアを勢いよく開けて長い石畳の廊下を見渡すも、すでに彼の目立つ赤い髪はどこにもありはしなかった。



※※※※



 びしょ濡れだった制服は脱がされ、オレは寝ている間に入院服のようなものに着替えさせられていた。


 水浸しになっていたはずの革靴や靴下も行方不明。


 おかげでオレは素足での歩行を強いられていた。


 あのエイルとかいう女に靴くらい借りて来ればよかったな。


 そういえば一体誰がオレを着替えさせたのだろうか。


 まさかエイルじゃあるまいな。まあ、王族とか言ってたし違うだろう。


 むしろ自分の着替えすらままならそうだ。


 きっと使用人とかがいて、その人たちがやってくれたのだろう。これだけでかい城だし。


 クリーム色の煉瓦で造られた中世風の建築物を眺めながらオレはそう結論付けた。


 つーかオレの制服、捨てられていないだろうな。


 買い直すのは地味に高いからな。


 もっとも、帰れなければ無用の心配となるわけだが。

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