第25話……あれ、オレひょっとして馬鹿だと思われてる?

「その割に儀式は渋ってるそうじゃないか」


「あら、エイルに聞いたの?」


「まあな」


「頭では割り切ってるつもりみたいだけど、最後の踏ん切りはつかないみたいなのよね。相手をこちらに呼んでしまったら引き返すことはできないし。あの子は中途半端な気持ちで誰かを違う世界に連れてくる無責任なことはしたくないのよ、きっと。何かふっきれる決定的なきっかけがあればいいんだけど」


「いやいや、なんで諦めさせる方向で解決させようとしてるんだよ」


 ヴェスタの言葉を無視できず、オレは反論する。


「あなたはロキの味方をするの? 意外ね」


「そうじゃない。単純に抗わず無気力で諦める態度が気に入らないだけだ」


 仕方ないといって流してしまうことを覚えてしまえば、それから先、降りかかるすべての困難を死に体で受け入れるようになってしまう。


 抗う意思を失くし、押し寄せる障害の食い物にされるだけの存在と成り果てる。


「私たちはよその世界の人と結ばれる決まりになってる。それは王族に生まれた以上は絶対に守らなくてはいけない掟の一つ。掟を守ることは上に立つ者の責任であり、義務でもあるのよ」


「そのことを理不尽だと思ったことはないのか? 理由もわからず縛られ、押さえつけられることに納得できないと感じたことはないのか?」


「少なくとも私はないわね。むしろ自分から望んでる人のほうが多いと思うわ。エイルも私も、小さい頃からどんな人がくるのか心待ちにしていたもの」


 ヴェスタはそう言って上体を前傾し、雨野の頭を撫でる。


 オレはその光景を見ないように目を反らした。


「それにこの国では異世界から伴侶を迎えられることは限られた者にだけ許された特権として一般の国民からも憧憬の対象になっているのよ」


 自由がないことに憧れを抱く、か。


 文化の違いか、それとも自由が許されている一般人だからこそ実感もなく他人事として手の届かない位置にあるものをただ希少に見て崇めているだけなのか。


「でも全員が望んでいるわけじゃないだろ。間違いなく一人はそう思ってないやつがいる」


「……そうね。だとしても、国を維持するのに必要なことだから。やはり個人の我が儘で好き勝手するわけにはいかないのよ」


 ヴェスタは濡れた瞳で、遠くを見る。


 その先にあるものは無邪気にはしゃぐエイルとルナ。そして二人に水を浴びせられて慌てふためいているロキの姿。


「必要なことだと? どういう意味だ。儀式を行う理由をお前は知っているのか」


「私も詳しくは知らないわ。ロキが即位して、私たちが王政を担うようになるまでは教えてもらえないから。けど儀式を行うのはこの国を、世界を維持していくのに大事なことだと言われてる」


「…………」


 世界の維持……? よその世界から異分子を持ち込むことがなぜそんなことに繋がるというんだ?


「ねーちょっとー! 鞠を部屋に忘れちゃったんだけどー!」


 オレが思考を巡らせていると、さっきまで水辺にいたエイルが手を振りながら駆け寄ってきた。


「……二人で何を話してたの?」


 目の前に来たエイルがジト目で訝しげに訊いてくる。浮気調査みたいな態度はやめろ。何もやましくはないのになぜか焦るだろうが。


「あら、ジェラシー感じさせちゃったかしら?」


「そ、そんなんじゃないしー!」


 全力で否定するエイルと面白そうにニヤニヤするヴェスタ。


 ……薄々気づいちゃいたが、この女、結果こそ掟に沿うようにすべきだとしているが、その間の過程は引っ掻き回してもいいと考えているみたいだ。


 いい性格してやがる。


「二人じゃねえだろ。雨野もいるだろ」


 ちょっと体勢というか、扱われてる状態が会話に参加できるようなアレじゃないけど。これをもう一人いるとカウントしていいのかわからないけど。


「そんで、鞠ってなんだ?」


「鞠は鞠よ。こういう丸っこいやつね。知らないの?」


 両手で球体を描くようにしてエイルが言った。……あれ、オレひょっとして馬鹿だと思われてる?


「それくらいは知ってる。どうして要りようなのか訊いてるんだ」


「手で叩いて回し合って遊ぶの。単純な作業に見えて案外面白いのよ」


「ビーチバレーかよ」


 それとも平安時代の蹴鞠みたいなもんか? 手足の違いと扱う備品の違い。どちらを分類仕分けの重きに置くかで判別に違いがでるな。


 まあ、どちらでもいいけど。


「エア、ちょっとあたしの部屋に行って取って来てくれる?」


 エイルが指示を出すとエア子は頷いて取りに行こうとする。

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