プロローグ ②逃走
三人は松見公園脇を抜けて、エキスポセンター前から駅に向かって歩いた。ルカが尋ねる。
「市内はだいぶ歩いてみた?」
ミキはつくば駅前に面した中央公園内の未来の台座に少女を立たせて言った。
「これが未来の台座!立ってみて!君の未来が見えるかも!」
「
少女は丁度正面に見える看板を
「だろうな。俺にもそう見えるわ。」
「捉えようによっては同じ未来を見つめられる台座。」
「何、その残念な理系みたいなの。」
二人のボケ突っ込みをよそに少女はつくば駅前を指差して言った。
「人が集まっている所……何してるんですか?」
「殆ど買い物じゃないかな?行ってみよう。」
ルカは少女の希望に沿うように歩きだした。
「警察の世話になりたくなかったら、服装にも気を付けなきゃ。住むとこ探してる時、警察に呼び止められてさ、買い物ですって答えたら、本当にぃ?君、家出じゃないの?って言われたことあって……。」
「あった、あった。」
ルカの言葉で思い出したようにミキが笑う。
「ちょっとした違和感とか、何か嗅ぎ付けられるから、連絡されたくないならホント気を付けた方がいい。これから一人で暮らす覚悟があるなら、善人以上の善人じゃないと連れ戻されかねない。人が集まる所って他にどこがあるかなあ。」
「学校、病院、空港、駅、ショッピングモール、お祭り、公園……?」
二人の会話を聞いていた少女が反応した。
「学校……行ってみたいです。」
「何で?つか無理。今日、日曜だし。」
「お前の学校、開いてるんじゃないの?」
ルカは何処に通っていたか尋ねてみようかと思ったが、しゃべるようになってきたので、身元を特定するような質問を回避しようと思った。
「俺達、元々同じ高校にいたんだけど、俺だけ途中で通信に編入したんだ。週一から通学出来るから、平日は働きながらでも卒業できる。俺は家を出たかったから、親父が死んだとき、働くことを決めて通信に移ったんだけど。学校行ってる?」
少女は首を横に振った。
「そっか。取り敢えず、靴は必要だよ。金がないならかなり歩くことになるから。」
三人はクレオスクエアのABC-MARTに寄り、ルカはミキに財布を渡して少女の靴選びをミキに任せ、店の外で自分の通う高校に見学が可能か電話で問い合わせた。
「オッケーだって。教室には入れないけど、見て回る分には良いみたいよ。行ってみる?」
「あ……お金……。」
「いいよ。出世払いね。気が向いたら返しにきて。」
「必ず返します。」
三人はつくばセンターバスターミナルから高校に向かうことにした。
午後3時
ルカは事務室に入学を検討してると話を通し、職員の案内を断って授業風景を眺めながら適当に校内を回り、一つの使われていない教室に入った。
「時間割が決まってて、自分が取ってる教科の教室に行くんだ。年間の出席日数が決まってるから、最低時間出ればいい。授業中は預かってもらえる託児室があるとこもあるから、もし君がお母さんになっても通える。早くに独立した会社経営者とか、もう定年近いようなお父さんが息子に頑張れって言いたくて復学してたり、芸能人とかプロ転向したアスリートとか、通信は本当に色んな人がいるよ。漫画家もいたな。」
ルカは、あらゆる可能性を考えながら、わかる限りの説明をしようとしていた。
「ここに通う人は基本、一期一会。編入だと卒業までに必要な単位数が違ったり、仕事の都合で通学する曜日が変わったりで、何年かけて卒業するかも違うから必修でも会わなかったり。入学式で、皆さんが全員揃うのは今日が最期ですって言われる。」
「ここで何をするんですか?」
「殆ど消化試合だけど、教科ごとの授業があるよ。授業は難しく受けたかったら難しくしてもらえばいいし、簡単に済ませたいなら最低限でいい。自己管理出来てれば何も言われないから、提出用のレポート書いてても良いし、ただ座ってるだけの人も居る。例えば……4を4つ使って1から10にする式を求めなさいみたいなことをいきなり聞かれたりはしないけど……。」
ルカがそう言い始めた途端、少女は四則を用いて1から10になる10通りの式を書き始めた。
「左利きか。」
「そこ!?」
ミキの感想にルカが突っ込む。
「3でもできますね。」
と少女が言った。ルカが尋ねる。
「3を4つ?……あ、いけるか。」
「
少女は3を3つ使った1から10になる式も書いてくれた。
「あー、そっか。数学は世界共通語だ。」
ミキが妙に感心しながら言った。
「頭良い?」
ルカが尋ねると、少女は目を伏せた。
「私の場合は、頭が良いのとは違うと思います。ただ、覚えただけです。来る日も来る日も見て聞いて覚えて調べられて……。ルカとミキはお友達ですか?」
少女は、ぱっと顔を上げて微笑みかけた。
「そう……だけど。」
「何をしますか?お友達って。」
「飯食って、しゃべって歩いて、買い物行って、ゲームして……。」
ミキは適当に答えてみせたが、ルカは何を思ってそれを尋ねる状態になるのかに思案を巡らせるばかりだった。
「友達居ないの?」
「わかりません。」
「日本に来て何年?日本語うまいね。」
ミキが話の流れを断ち切るように尋ねたが、少女は答えなかった。再び目を伏せてしまった少女を見てミキが言った。
「場所を変えようか。」
三人が学校を出たところに一台の車が停まっていた。三人の行く手を阻むように男が二人並んで立っていた。少女は足を止め、二人の男に話し掛けた。英語ではないようだが、何語かは解らなかった。手短に話は済み、少女は男達を睨むような表情で言った。
「すみません、車に乗って下さい。彼らは銃を持っています。」
「は?」
「国際会議場まで送ります。」
ルカとミキは戸惑い、顔を見合わせたが、尋常でない雰囲気に逆らう事も出来ず、自分達のおかれた状況を把握できないまま、大人しく車に乗り込んだ。
三人を乗せた車が走り出すと、ルカが聞いた。
「お前、何かやったの?」
「……日本へは検査を兼ねてビジネスで来ました。」
ミキは少女への追求を始めた。
「君、ちょっと普通じゃないよね。それと関係のある仕事?」
「……私の記憶能力は少し特殊です。幼少期から研究と訓練の日々を送ってきました。13歳の時にあるプログラムを作りました。それを精度の高いものに仕上げて、世界に展開していくことになりました。あらゆる情報を精度良く検索、操作出来るために、厳正な管理が必要とされました。それで……。」
少女は言葉に詰まったが、ミキは追求をやめなかった。
「護衛の為に連れ戻しに来たのかな?」
少女は首を横に振り、振り絞るように言った。
「最初の被験者になりました。」
「それをするとどうなる?」
「……認識されない物が無いに等しくなるように、無いことからの証明は不可能になります。」
「どういうこと?」
ルカは話についていけないようだった。
「大体わかった。これから、どうするつもり?」
「話が全然見えないんだけど。」
「簡単に言うと、すげえ金のかかる大規模な事業に着手させられて、両足突っ込んじゃってるから抜けられないって事だよね?」
ミキがそういうと、少女は頷いた。
「お前、それでいいの?」
ルカが尋ねるが、少女は答えられなかった。ミキがルカを宥めるように言う。
「気持ちはわかるけど、俺達には無理だと思うよ。出来るとしたら時間稼ぎ位じゃないかな。その間に君が求めるものは手に入る?」
そうこうしている間に車が国際会議場に到着した。数人の出迎えがいた。ルカがケータイで時間を確認して、画面に何か打ち出して少女に見せた。
「家出にもやり方があって、間違えると出して貰えなくなる。一か八か、この内容で連絡してみろ。」
車から降りた三人はしばらくうつむいて、少女の握っているルカのケータイを眺めていたが、少女は言われた通りの内容のメールを送信して、ルカにケータイを返した。
「それじゃあ……。」
と、ルカが右手を差し出した。少女が左手でルカの手を取った瞬間、ルカとミキが叫んだ。
「「走れ!!」」
ルカと少女はつくば駅に向かって走った。ミキも途中まで走ったが、追い付かれると思ったミキは振り返り、両手を挙げて立ち止まった。出迎えに来ていた男の一人がミキの腕を下から後ろ回しに絞め、ミキを拘束した。その男に着信があった。痛みに顔をしかめながら、ミキは言った。
「ゴール教えるから、一緒に乗せて貰えませんかね。」
男がメールを開くと、『10時までには帰ります。探さないで下さい。』と表示された。
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