あれから2年


 結局、俺の中退の目論見は、JABEE認定プログラムの履修がバレて家庭内野党の圧力に勝てずに潰された。卒業後、世話になっていた分析会社に就職。工業試験分析に配属され、希望の業務に従事。技術士補の登録資格も得ることが出来た。


 ミキは修士課程に進学。時々、試験方法の相談や依頼が来る。


 アリスは独立した生計を営むに足りる資産があるとの理由から無事、難民認定された。子供が最優先で十分な医療と福祉を受けられるよう急いでくれていた。俺達を繋いでいてくれたのも、助けてくれたのも子供だった。俺は多分、一生、子供に頭が上がらない。


 アリステックコーポレーションがアリスに関する電子データの全てを消した事に関しては責任追求対象となったけど、経緯を公にすると何処にいても危険が付きまとう結果になってしまう為、出生からの履歴は伏せられたまま真新しい戸籍が作られる方向で話が進み、彼女の情報は再びリセットされる事となった。その後、高卒認定で大学に入学。インドネシアから来ているママ学生とママ友になって、仲良くやっているみたいだ。




 アリスには夢も出来た。世界銀行で未開発地域の特徴を生かして、人の往来や流通といった世界へのネットワークを繋ぎたいとか何とか。一度いくとなれば年単位で帰ってこない可能性もある仕事だった。また何処かへ行ってしまうかもしれないという寂しさもあるけど、そんな時は、アリスがどれくらいその地域を愛そうとしているのかを、理解しようとしている。




 自分の誕生日に母親に花を贈った。住むところの契約は職場の上司に頼んでいたから、初めて連絡先を知らせたことにもなった。子供が産まれた事を知らせたら、そんなことでも無い限り連絡してこないと思っていたと言われた。初めて、親に感謝を伝えた。自分の誕生日は、自分のために一番頑張ってくれた日だからと言ったら、電話口の向こうで母は泣いた。泣きながら、自分が産まれた日の事を話してくれた。


 誰も自分が生まれた日の事を覚えていないけど、一生忘れないであろうその日が父の日であり、母の日だった。みんなの記念日だから家族で祝いたいんだと気が付くまで、20年以上かかってしまった自分が少し恥ずかしく思えた。


 父親の理不尽な暴力は気に入られないお前らが悪いと全て子供の所為にして責めた母親を簡単に許す気にはなれないけど、いつかこの人とも和解出来る日が来る事もあるのかな なんてぼんやり考えた。




 どんなに強く抱き締めても取り払えなかった隔たりを超えて、子供は産まれてくる。一つになりたいと願った、二人の理想の姿で。その子の人生が自分で満足出来るほど充実していて、幸せに満ちていたら、どれ程幸せだろう。


 子供が産まれた時は、一生分の幸せを願った。伸び伸びと自由に生きてほしいと願った筈なのに、いつの間にか、あれダメ、これダメと言っている自分に気付くときも来るんだろう。


 子供を見ているだけでも結構、気疲れするし、そういう時ほど片付けたい用事が浮かんだりして、休まらない。働けない事で力になれないと感じたり、どうしょうもない事を自分の未熟さのせいに捉えたり、疲れていてもまとまった睡眠を確保する事に苦労するし、時間が解決するような場面で要らん説教や勘繰りを真に受けたりして、母親が何で泣いてしまうのかも、少しわかった気がした。


 共働きでやっとの世帯も少なくない時代に、母親は産後3年は家にいるもの、子供が病気にかかるのは母親のせいとか言ってくる医者もいる。俺が連れて行くと何も言わない癖に。依然として女性を取り巻く環境は過酷だ。


 かく言う俺も感染症で二人ともダウンした時、自分が休暇を取ることをためらった。仕事が忙しい事もわかってるし、看れるのは自分しかいないのもわかってるのに、何も出来ない焦りみたいなものを感じていた。




 子供があの頃の年齢になる頃には、自分は何て言われてるんだろう?時々考える。早ければ、自分が家を出た頃には独り立ちしていく。それまでに何ができるかはわからないけど、穏やかに過ぎていく事を、今はただ、祈ってる。




 2018 LUCA



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