鏡の国のアリス last "Merry Christmas!"
12月22日 木曜日
「現状、こういった猫型のロボットが存在しないので、ご心配はないかと思います。」
ミキの自宅でアリスとミキは弁理士との面談に臨んでいた。
「共同開発にならない部分をメインに探したいの。幾つかリストアップしたわ。」
「ちょっとでも違うならそこを強調して主張してもらえませんか?」
二人の申し出に弁理士も淡々と回答していった。
「精査に時間がかかりますが、図面をお借りして調べたいと思います。それより、感情による表情のコントロール等のギミックと制御系で出願出来そうですがどうしますか?」
「ご成婚、おめでとうございまぁーっす!」
ミキがふざけると、アリスは小さくなりながら、
「お願いします。」
と答えた。出来ることがあった安堵もあったが、2人のカタチが見えたような気がしてこそばゆくも嬉しかった。
「商標の登録に関してですが……。」
12月23日 金曜日
「寒い。」
とアリスがキスすると、
「寒いね。」
とルカがキスした。
アリスがどこか恥ずかしそうに、けれどとても幸せそうに笑った。ルカは迷いも不安も感じられないその笑顔をずっと眺めていたかった。体調が安定してきた所為かとも
二人は昼を過ぎてもベッドから離れることなく、丸まるように抱き合いながら、口づけあった。見つめ合い、どちらからともなく求めあっては、日が暮れるまで互いの名前を呼びあっていた。
何もかもが溶け合うように、一つになっていたかった。
12月24日 土曜日
アリスの膝に抱かれたキティが目を開いて最初に見たのはデスクチェアに腰かけたミキだった。ミキは笑顔で手を振ったが、キティは転げ回るように走って逃げ出し、ベッドの下に潜り込んだ。
「おろろ、ごめん。
「キティ! I love you ! My name is Alice ! 大丈夫よ、出てきて!」
アリスは手を広げてベッドの下を覗きこんだ。いつかの自分の声、いつかの自分の姿をしたアリスを見て、キティは何が起きたのか処理に手間取っていた。
「ルカに会ったでしょう?ルカが作り直してくれたのよ。一緒に鏡、見てみない?」
キティは自分の手を見て、ベッドの下からゆっくり顔を出し、床に座るアリスの膝に乗ると、顔をよく見るためにアリスの膨らんだお腹に手を当てた。
「お腹の中にルカの赤ちゃんがいるの。私達、今、一緒に暮らしてるの。」
アリスは目に涙を湛えていた。
「ごめんね、私が最初に抱き締めてあげる筈だったのに、傍に居なくて。酷いよね。許してなんて言えないけど、今あなたに会えて本当に嬉しい。来て。」
アリスはキティをクローゼットの姿見の前に連れていき、キティを背中から抱き締めて一緒に鏡を見た。
「ルカが選んでくれたのよ。金色の瞳、綺麗ね。素敵よ。」
「これ、俺からの誕生日プレゼント。非接触充電器。フル充電に8時間かかるけど、人間もそのくらい寝てるから丁度良いと思うよ。」
ミキが小型の
「ミキよ。ルカを手伝ってくれたの。日本の猫は炬燵で寝るんですって。可愛いでしょ?それと、お願いがあるんだけど、キティにもう一つ見て欲しいものがあるの。」
***
『起動完了。動作良好。とても元気よ。すぐにでも持っていけるけど、どうする?』
嬉しい報せは、ルカに不安を呼び起こすものとなった。
『ヤバい!お嫁さんに何も言ってなかった!聞かないと怒られる。ペット欲しがった時、反対してしまったんだ。なんて言おう?』
『名前は考えた?』
『キティはキティだよ。』
「あー……何やってんだ、俺。」
アリスの笑顔が見たかった。そこまで辿り着く言い訳を考えようとするが、昨日の事が幻と消えてしまいそうな悪い予感で頭が一杯になった。頭の中でフローチャートを思い描くが、どこをどう行っても「何であなたは良くて、私はダメなの?」と怒らせるルートに繋がった。一先ず、後で考える事にして、ルカは車に乗り込み、ハンドルを握った。
ルカが岩槻から戻ると、社内は静まり返っていた。階段を降りてきた社員がルカに声をかけた。
「女、子供のいる奴は帰れって。鳴神、仕事?」
「えっ?」
「士気が下がるし、評判悪くなって、家族に応援して貰えないと社員が減る一方だからって、代理が。みんな帰されてるよ。」
「うっそ!」
話している間に、所長代理が階段を降りてきた。
「鳴神、お前も帰れ!今日は閉店だ。閉めるぞ。」
「マジっすか?」
「何か都合悪いの?死ぬほど仕事愛しちゃってるの?」
「ええぇ、これから考えようと思ってたのに……。」
「何を?」
「……ちょっと、言い訳を……。」
「はぁ?お前、また何かやらかしたのかよ。」
結局、何の言い訳も浮かばないまま、部屋の前まで着いてしまった。考えれば考えるほどマズイ事に気が付いた。キティにも嘘の無い最適解を求めなければならず、思考は迷走を極めた。触れたくない部分は明確なものの、何処から何をどう説明すればいいのか整理がつかず、ますます気が重くなったが、いつまでも突っ立っていても仕方がないと意を決して、ドアノブに手をかけた。
「ただいま。」
玄関を開けると、首に赤いリボンで鈴をつけた毛足の短い赤毛の猫が出迎えに来ていた。
「!?」
猫はすぐルカに飛び付き、慌ててルカが抱きかかえると、猫はルカの顔に口をつけて、首の後ろに飛び乗った。
「やっぱり、ルカのところに行っちゃうのね。」
首に白いリボンで鈴をつけた毛足の長い灰色の猫を抱えて出迎えたアリスを見て、ルカは全てを理解した。引き受けられる人物なんて、アリスの他に居る筈も無かった。
「キティ、ルカよ。」
大人しそうにアリスに抱かれたまま、目をくりくりさせてルカを見る灰色のキティにルカは、顔を近づけて、そっと口をつけた。
「スペアが勿体無いからキティに呼び出して貰ったの。ちゃんと謝りたかったし……。会ってすぐお別れも寂しいから、連れて帰ってきちゃった。それぞれに名前がないとどっちがどっちか分かりにくくて不便だわ。パパがつけて。」
泣きはらしたような目をしたアリスが少し恥ずかしそうに言った。アリスは自分より目を覆いたくなるようなものを見ただろう。ルカはアリスが塞ぎこんで前を向けなくなってしまう事が怖かった。けれど、この短期間で少し前のアリスでは考えられない程、階段を駆け上がるように頑張って、何も言わずについて来てくれたアリスがいとおしかった。
「じゃあ、ルージュとブランシェでどう?」
「愛し合うと子供が増えちゃうわね。私たち、家族になれるかしら?」
そう言って気丈に笑顔を見せたアリスをいとおしげに見つめ、ルカが答えた。
「大変だ。頑張らなきゃ。」
二人はこれまで過ごした日々のどんな時よりも幸せな口づけを交わした。
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