鏡の国のアリス ⑤2体のアリス


 差出人はヘンリーだった。ルカは起き上がって、乱れた着衣を覆うようにアリスに布団をかけると、数日前に届いたメールを開いた。しばらく何も言ってこなくなったと思っていたが、来たメールの内容が突然変わっていた。


 What is Luca ? Do you know the Luca ? とだけ書かれていたそのメールには、返答に迷って返信していなかったが、ルカも短く返す事にした。


 I know. What happened ? とだけ打って送信すると、即行、返信が来た。オークラのスイートにしばらく滞在しているという報せで、一人で来いというものだった。少し考えたが、『明日、午後10時半に伺います。』と返信した。





 10月11日 火曜日


「驚かせたくないので先に言うが、アリスが二人いる。一人はホワイトクイーン、もう一人はレッドクイーンだ。見てみる勇気があれば通そう。」


 別室に通されると、ベッドに横たわる1体と、車イスに両手両足を拘束された、もう1体が確認出来た。背格好、見た目共にアリスに瓜二つだが、両方とも目を閉じたままじっとして動かなかった。


「ホワイトクイーンは訳あって、電源部分の故障により、充電が切れた時点で動作を停止。何のために行ったのか不可解な配線違えは本来のあるべき状態に戻したものの、不具合が解消できないのか、このままでは動かす事は困難だが、首を外して外部から電源供給できれば主要な情報は引き出せるはずだ。希望は持てる。


しかし、ホワイトクイーンが報せた置き土産の実行予告時間まで、あまり時間がない。起動させたところで解除してくれる確証はない上、稼働させるには成長する性質を止められないまま繰り返しになるだけで、システムの全停止も解決策にならない。


レッドクイーンはホワイトクイーンを失敗と考えた設計者がもう一度やり直したもので、スペアの筐体を使っている。ホワイトクイーンはSSDだが、レッドクイーンはHDDだ。今のところ、手元にはこの2体しかない。


レッドクイーンは狂暴性が見られた為、現在はギリギリの充電量で省電力スリープ状態を維持している。この個体も電源部分を直接脱着するような強制終了を繰り返されていた形跡があり、動作が不安定になる。特に、頭を打っているのか、補助脳となるHDDの損傷が効いているようで、再起動して正常に起動できるかに不安がある。」


 不気味な光景を目の前にしながらルカは、状況を飲み込もうと集中した。


「色々質問があるんですけど……。」


「時間がない。答えられるものなら、何でも答えよう。」


「これはアリスが……。」


「いや、関与してない。AI及びベースの動作プログラムは彼女の設計だが、動作確認に至らなかった。共同開発を予定していた設計者が時期尚早だという制止を聞かずに起動を試みた結果がこれだ。2体とも、最初の起動時にLUCAと言った。


アリスは周知の通り、スパゲティだ。LUCAという単語はわかっている限りでは数十行に出てくるようだが、意味があるように見えない上、それがどこに、どのように効いているかを調べる時間がない。LUCAとは依存性が大きなものか?」


「いや、わからない。設計者は……。」


「正気を失っている。隠滅して責任から逃れようとしたのだろうが、話が出来る状態にない。」


「……何故、2体とも電源部分の損傷が激しいんですか?」


「……答えられる部分と答えられない部分がある。設計は外観に拘ったのか、わざとやったのか、設計者に聞いてみなければわからない。設計図、回路図は共に焼失している。今、見せられれば一番いいのだが、理由はそのうち君も気付くだろう。我々を責めないで欲しい。これは、我々が望んだ結果ではない。君の友人には一蹴されてしまったがね。」


「……神帰が来たんですか?奴は何て?」


「……こんな茶番に付き合っていられない。地獄に落ちろと。彼は事態を瞬時に見抜いてそう言った。」


「……こうなる原因、きっかけのようなものは完全に思い当たらないんですか?」


「2体とも自分の本体を見た。それに絶望した可能性はあるが、ホワイトクイーンは別の要因が大きかったと想像できる。二人は同じデータを共有している可能性が高く、レッドクイーンは起動させた事自体を恨んでる可能性が大きい。」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る