鏡の国のアリス ⑥赤の女王
「実行プログラムの完成日時以外に何か言ってませんでしたか?」
「……このまま眠らせて、と。」
「……LUCAに特別な定義はなさそうだ。知ってるLUCAと違うかも知れない。LUCAがあっても無くても、特に何も出来ないかもしれないけど、それでも良ければ、相談がある。」
「何でも言ってくれ。」
「時間に関わらず、日当一万円。それで良ければ、レッドクイーンから何か引き出してみたい。成功報酬で構わない。」
「時間は1週間しかない。間に合うか?」
「やれるだけの事はやってみます。明日、夜10時半にまた、ここに来ますから、フル充電にしといて下さい。」
「軽量だが、成人男性一人、担げるパワーはあるから、扱いに気を付けてくれ。」
ヘンリーは急いで書面の用意を指示した。お決まりの機密保持契約書や、簡易的な契約書が用意され、報酬が書かれた。ルカは署名欄に「Narukami Minazuki」とサインした。
10月12日 水曜日
スイートに到着すると、レッドクイーンの絶叫が廊下にまで響いていた。部屋の前にルイスが立っていた。ルカはルイスに軽く会釈すると、顔色ひとつ変えずに扉をあけ、車イスに両手両足を拘束され、目隠しをされた状態のレッドクイーンを確認した。ルカは少し困ったような顔をして、レッドクイーンの目隠しを外した。外した瞬間、黙ったレッドクイーンを見て、笑顔で話しかけた。
「はじめまして。水無月鳴神です。おとなしくしてれば悪いようにはしない。約束する。拘束、外して欲しい?」
レッドクイーンは睨み付けるような目でルカを見つめるだけだった。
「外すよ?少し話がしたいんだ。暴れたら戻すからね?」
ルカが膝をついてレッドクイーンの手足のベルトを外すと、レッドクイーンは左手でルカの作業着の胸ポケットに入っていたボールペンを抜いた。ルカの顔面めがけて振りかざすレッドクイーンの腕を流すように右手で掴みながら、のけぞるようにルカが首を振って避けると、ルイスがレッドクイーンの頭に銃を突き付け、3人の動きが止まった。
「大丈夫ですから、少し、二人きりにしてください。」
ルカはそう言いながら左手でボールペンをつまむと、遠くに投げた。部屋にいた全員を外に出すと、翌朝6時に呼んで欲しい旨を伝え、扉を閉めて椅子に腰かけた。
「君も座れば?立ってても疲れないのかもしれないけど。」
レッドクイーンはもう一脚ある椅子をルカめがけて蹴っ飛ばした。ルカは座ったまま、それを蹴り落とすと、片足で椅子を立たせ直して、レッドクイーンの方に蹴り出した。
「足癖の悪い猫だな。今から君の名前はキティだ。座れ、キティ。俺も賑やかな家庭で育ったクチだから、足癖の悪さは負けないよ。」
二人はにらみ合ったまま、しばらく膠着状態が続いたが、僅かに聞こえていたドライブの回転音が鈍り、レッドクイーンが膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
頭を打つと思ったルカが咄嗟に駆け寄って頭を支えると、頭はかなりの熱を持っていた。数秒の静寂のあと、再びファンや、ドライブが回転し始める音が聞こえ始め、レッドクイーンが叫び始めた。ルカはレッドクイーンの頭を抱え、声を押さえ込むように胸に押し当てた。
「キティ、聞いて。多分、システムエラーがある。物理的に傷ついてる可能性が高い。修復できないから、再起動を繰り返す度にまた辛い思いをするよ。一人で悩まなくていい。熱暴走して処理がエラーになる度、再起動を繰り返す。このままだと、君は壊れる!」
しがみつくように掴みかかったレッドクイーンの手の力のゆるみを感じて、ルカも少し力を抜いたが、その瞬間、突き放すように力一杯ルカを押して立ち上がると、レッドクイーンは見える範囲で最も遠くに逃げた。
ルカはテーブルに椅子を戻し、もう一度座り直して言った。
「座れ、キティ。今日はそれで終わりにしよう。座ったら終わりだ。簡単だろ?」
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