鏡の国のアリス ⑦ゲーム
10月13日 木曜日
明け方、ヘンリーが様子を見に、静まり返った部屋の扉を開けると、レッドクイーンはルカの向かいに座り、ボールペンを握りしめていた。レッドクイーンの目の前に置かれたルカの手帳には、キティと書かれていた。ヘンリーから時刻を告げられると、ルカは席を立った。
「また来るから、今日みたいに大人しく待ってて。それができれば、二度と拘束させない。約束する。」
レッドクイーンはうつむいて黙ったまま動かなかった。ボールペンと手帳をしまうと、キティの頭を撫でて、ルカは部屋を後にした。
ルカが帰宅すると、アリスが出迎えた。
「何処に行ってたんですか?」
「ごめん、呑んじゃったから、会社に泊まった。今日も夕飯要らない。ごめんね、すぐ出なきゃ。風呂だけ入らして。」
手短に用を済ませると、ルカはすぐに家を出た。
前日と同じ時間にキティの部屋に向かうと、ルイスが呼び止めた。
「銃を取られた。部屋に立て籠ってる。」
「いつから?」
「たった今だ。」
自傷が浮かんだルカは平静を装いながら、扉の前に立った。扉には内側から鍵が掛けられていて、開かなかった。
「キティ、開けて。俺。聞こえる?」
何度かノックすると、開錠した音がした。
「キティ!」
ルカが勢いよく扉を開けると、右側の扉に張り付いて両手でトリガーを引こうとするキティが目に入った。銃口はルカの頭に向いていた。咄嗟に銃身を握り締め、ひねるように銃を奪うと、マガジンを外して廊下に投げた。スライドを開き、弾が装填されていない事を確認すると、テイクダウンレバーを下ろしてスライドを外した。
「あっぶねぇ……今のは危なかった。結構、力が要るでしょ?重いよね。」
そう言いながら、ルカはテーブルの上に銃をバラして並べた。
「怪我はない?」
キティの顔に左手を伸ばすと、キティが噛み付いた。
「3つ数える間に離せ。顎外すよ。」
ルカが右手で指を鳴らしながら、カウントを始めた。
「3、2、1!」
噛まれた左手を丸めるように握り締め、右手もキティの口の中に突っ込もうとした所で顎が外れそうになり、キティが引いた。
「ちょっと座って待ってて。すいません、方眼紙ありますか?無ければ紙とペンだけでいいです。」
ルカはそれだけ要求すると、また扉を閉め、部屋は二人きりになった。
「ゲームをしよう。君が暴れたり、言うことをきかなかったら、キスして。どこでもいいよ。もし、俺が間違えたり、君を傷付けるような事があったら、俺がキスする。簡単でしょ?」
「それに何の意味がある。」
初めて言葉を口にしたキティに感動を覚えつつ、ルカは平静を装って話を続けた。
「んー、ありがとうとか、ごめんなさいとか、言いにくい事を表す行為だ。可愛いよ、大事だよ、元気でねとか、心配してる時とか、敬意、服従、屈服、意味は沢山ある。だから、腹の中では何を思っていてもいい。けど、キスしたら一旦終了。キレイさっぱり忘れよう。いつまでも引き合いに出さずに、終わった事にする。どう?」
「お前がわからない。」
ルカは困ったような笑顔を作りながら指先を上に向けて手招きしながら言った。
「おいで。さっき、本気で顎を外そうとした分、今するから。」
やや警戒しながらゆっくり近づくキティの顔を両手で引き寄せ、額に軽く口付けた。
「さっき、俺を狙った分も、今して。」
「…………。」
キティは軽く顔を傾け、頬に触れているルカの右手のひらに唇を付けた。
「そう。それでいい。強制的な指示に従う事が不愉快なら、そっちが優位に立てるように振る舞って良い。俺が間違えば従わせる事が出来る。このルールは絶対だ。ざま見ろと思いたければ、沢山間違えるような事を言えばいい。」
扉をノックする音が聞こえて、ルカが応対した。
「丁度いいから、今日はガスブローバックとタニオコバの話でもしようか。」
そう言いながら、ルカは方眼紙と数本のペンをテーブルに置いた。キティが素早くペンに手を伸ばした所で、ルカが叩き潰すようにキティの手を押さえた。
「はい、キスして。」
「……ペンを取ろうとしただけだ。」
「ウソん。取るだけなら我先に取らなくたっていいでしょ。」
「…………。」
「したくないなら、そういう行動を控えなさい。」
キティは不満そうな表情で、押さえ込むルカの右手の甲に口を付けた。
「まず、排莢の仕組みから説明しよう。」
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