鏡の国のアリス ⑧アリス


 10月14日 金曜日


 スリープ状態のキティを膝に乗せたまま、ルカも仮眠を取っていたところに声を掛けられ、目が覚めた。


「今日も10時半ごろ、また来ます。」


 そう言ってキティを抱えてベッドに寝かせると、ルカは部屋を出た。部屋には様々な手書きの図面が散乱していた。






 午後10時半


「だいぶ汚れたから、風呂入ろう。着替え貰って来たんだ。洗ってあげる。」


 ルカは中性洗剤とスポンジを用意してシャワーを出した。


「嫌だ。脱ぎたくない。」


「ごめん。少し、体見せて欲しいんだ。」


 ルカがキティの右頬に口をつけると、キティは大人しく両腕をあげ、着衣を外す姿勢を取った。腰に金色の接触端子が二枚見えた。充電スタンドの接触端子部分と高さが一致していた。


「アリスを知ってる?」


 ルカが尋ねる。キティはバスタブに座ったまま答えた。


「整合性を欠いている。」


「そうだろうね。君はアリス・リデルじゃない。キティだと上書き出来る?」


「プライオリティは可変。出来た。」


「アリスは君のお母さんだ。君の元を作った。でも、形成を間違えてる。父親は都合上、言えないけど、凄く無理なことをしようとした。だから、君は今、凄く混乱する。」


「クイーンアリスはアリスを作った。よく話をした。」


「どんな話?」


「……手が届かない世界に居るが、その存在を信じている。ネットワーク上のあらゆる語彙を調べた。それは、おおよそ神に似ている。クイーンは神について話していた。」


「そか。」


 足の爪の甘皮の内側にヒンジがついていて、開いてフルード類の交換ができそうなメカニカルな部分があればまだ受け入れやすいものの、息をしていない以外はどこが違うのか、遠目にはわからない程の精巧さに狂気が感じられた。


細かい確認をしながら、外観的に何処から見ても外れる部分がない事がわかると、バッテリーを含む電源部分が体の内側にあることを認めざるを得なくなる。それを受け入れることは、容易ではなかった。


「クイーンを知ってるか?」


 逆に聞かれて少し戸惑ったが、ルカも正直に答えた。


「尊敬してるよ。けど、評価のしょうがないんだ。わからないから、どう伝えればいいのか今もわからなくて、なにも言えてない。


アリスは神様の領域を持っていて、今も凄く大変な仕事をしているんだけど、自分はなにもしてないと思ってる。本当は味覚も変わってて、もう何の味だかわかんなくなってる筈なのに、曖昧な返事から一生懸命、計算して料理してる。


極端に食えないレベルじゃなければ、全部美味しいって言っちゃう俺が悪いんだけど、はっきりした説明が出来ないからさ、俺の顔見て判断してんだろうね。ホントすごいと思うよ。色々やろうとしてくれて、凄く嬉しいんけど、やっぱり何にも言えないんだ。


今は疲れやすいみたいだから、全部やろうとしなくても良いよって言ってるんだけど、何かしてた方が気がまぎれるんだって。普段から忙しくしてたのかな。」






 アリスは昨晩戻らなかったルカを心配していたが、ふと気になるミキの言葉を思い出すと次第に悪い予感に変わり、不安が抑えきれなくなって触らないようにしていたルカのパソコンを立ち上げ、ミキに電話を掛けた。


 通話が繋がると、開口一番、こう言った。


「ルカはどこ?」


 アリスの言葉に状況を察したが、ミキは答えを迷った。


「……うちにいるよ。」


「昨日も?」


「……うん、いたよ。」


「じゃあ、今から行くわ。」


「待って!この時間に出歩いたらダメだ!」


「じゃあ、今電話に出して。」


「……いつから居ないの?」


「数日前から様子がおかしかったわ。何か知ってるんでしょう?」


「……今からそっち行くから、15分くらい待って。」


 アリスが了承すると、通話が切れた。



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