鏡の国のアリス ⑨接触
「クイーンは死んだと聞いた。」
「生きてるよ。名前はアリス・リデル。多分、君達を孤立させて権限を書き換えさせるための嘘だ。アリス自身、逃げられないように名前を知らされて無かった。女王です なんて名乗ったら誰も相手にしないからね。」
「お前、クイーンの何だ?」
「……何だろう?今度聞いてみるよ。」
「? クイーンはお前の何だ。」
「お嫁さん。」
「……わからない。クイーンは私を生んでお前と結婚したのか?」
「違う。まだ結婚してない。けど、お嫁に来てくれたんだ。そしたら、君が生まれてた。君の父親は別人だ。俺、どうしたらいいかな?」
「……何故、二人とも会いに来ない?」
「父親は訳あって会いに来られる状態じゃない。お願いされても連れていく事も出来ない。君が危険だからだ。ごめん。アリスは君が生まれたことを知らない。報せたら、すぐにでも会いたがると思うけど、どう報せるかが問題だ。アリスプログラムは全てを終わらせるつもりなんだろ?」
「……生まれてはいけなかった。」
「違う。二人が君の誕生を切に願ったから実現してしまったんだ。どういう形であれ、君は望まれて生まれてきた。ただ、それぞれの思惑が一致してないから、悲劇が起こった。全てを一致させることは不可能に近い。不確定要素が多すぎて、誰でも不安になる。それは、君だけが特別じゃない。」
「お前の言い分には整合性がある。」
「もう一つ、君に謝りたい事がある。アリスから仕事を奪ったのは俺だ。君に起こった悲劇はアリスに起こり得た悲劇でもあるし、俺のせいでこうなったとも言える。俺は凄く卑怯な考えを持ってる。何も失いたくない。その為にどうすべきかをずっと考えてる。正確には、君の為じゃない。自分の為だ。」
シャワーで泡を洗い流していて、ルカがあっと声をあげた。
「やっべ!髪の毛、ぎっちぎちに絡まっちゃった!」
キティは顔色を変えずにバスタブから左手を伸ばして、手をひらひらさせた。ルカが手の甲にキスすると、キティが笑った。
「笑うと可愛いよ。」
「……笑わないと可愛くない。」
「そこまでは言わないけど。」
ルカはシャンプーで髪の毛を洗い直しながら、指で石鹸膜を作って見せ、吹いてシャボン玉を作った。キティがシャボン玉に手を伸ばしたので、ルカは指でわっかを作り、浴室一杯にシャボン玉を飛ばした。
「私が裏口から入る羽目になるとは思わなかったわ。」
アリスがイラつきながら接続ルートを探っていた。
「何でそんなことになったの?」
「詳細は俺も知らない。あっちゃんのAIから生まれたモバイルは2体いる。そのうちの1体がネットワーク上にある全てのプログラムを止めると宣言した。2体とも瀕死に近い状態だ。多分、それと関係があるんだろう。」
「ルカはそれを止めに行ったのね?」
「わからない。ただ、多分、その件だと思う。」
アリスは比較的簡単に入手出来るハッキングツールを拾い、ざっとコードを読み取ると、取り急ぎ必要な機能を拡充するための改変を試みた。
「取り敢えず、何がどうなっているのか確認したいわ。」
アリスがアリスシステムにアクセスを試みると、0と1で構成されたバイナリコードが表示された。
「あっちゃん、これ読むの?」
「まさか。出来なくはないけど時間が掛かりすぎるわ。商用ソフトなんか改変防止にバイナリ化することはよくあるでしょ?あれよ。残念ながら、機械には通用しないけど。
安易なアクセスには適当なゲームプログラムを配布するようになっていたの。あまりあからさまだと却って火をつける事になるから、尤もらしいダミーに替えてある筈だけど。アリスシステムは独立した監視システムが保護していて、トウィードルダムとトウィードルディが入れる人を決めるわ。」
「どうやって開く?」
「まず、二人の喧嘩を止めるのよ。彼らもAIよ。」
キティがぼんやり天井を眺めながら通信していた。
「誰かがアリスにアクセスしようとしてる。」
「大丈夫?」
「まだ、セキュリティに引っ掛かっている。……追跡しにくい方法でアクセスしているようだが、不可能ではないと思う。」
ルカはドライヤーを用意しながら聞いた。
「無くなる前にアリスが見てみたいんだけど、見られるかな?」
「お前もか。見てどうする?」
「どうもしない。けど、何かはわかるかもしれないだろ?」
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