君と僕の間には ②信じていたいだけなのに


 ルカが職場に着いて、三階の事務所にあがると、雑務に追われる代理が目に入った。扉をノックして、


「はーざいます。今よろしいですか?小春代理。」


 と、ルカが声を掛けると、代理が顔をあげた。


「あれ?今日、出勤だっけ?」


「いえ、折り入って話があって……。」


「何、改まって。辞めたくなった?」


「そういう訳じゃないですけど……。ただ、ちょっと急いでて……。」


「……下降りようか。」


 代理はルカを喫煙室に誘った。中二階の喫煙室に入り、代理がルカに煙草を勧めると、ルカは素直に受け取り、貰い火でふかしはじめた。


「で?なんかあった?」


 代理の言葉に、ルカは深いため息のように、ゆっくり煙を吐き出して、口を開いた。


「急な話でなんなんですけど……。」






 アリスは中央公園でベンチに佇む江崎玲於奈像と握手をして散歩する朝永振一郎像が連れている猫に挨拶をすると居合わせた位置情報ゲーム中の人に話し掛け、隣に座って雑談に興じていた。そのうち、ゲーマーに別れを告げると、駅構内のコーヒーショップに立ち寄り、仕事中らしき男性のテーブルに相席をお願いして、会話を楽しみ始めた。


「お仕事されてる姿って魅力的ですね。」


「オジサンからかってるの?」


 電車の待ち時間にコーヒーを買いに来たミキが、朝からパパ活かよと思いながら後ろを振り向くと、声の主は紛れもなくアリスだった。目立たないようにカウンターの端に座り、ミキは様子をうかがった。最初は戸惑っていたサラリーマン風の男性も、にこやかに話すアリスのペースに飲まれ、次第に打ち解けてきた所で、アリスは憂鬱な顔をした。


「彼の気持ちがわからないの。あなたみたいに何でも話せたら良いのに……。」


「……疲れたんだね。少し、休憩する?話聞くよ。」


 アリスは促されるままに男性について行こうとした。さすがにマズいと思ったミキがルカに電話を掛けるが、電源が入っていないか電波の届かない所に居るというガイダンスが流れた。


「あいつ、何やってんだよ!」


 アリスが店の境界を出ようとした所で、ミキがアリスの腕を掴み、男性に声を掛けた。


「ちょっとすいません、この子、知り合いで……その……年齢聞いたらお兄さん、びっくりして逃げると思うんですけど、どうします?」






「私は反対だなあ。君、何から何まで中途半端になっちゃう。学業、投げすぎだよ。ちょっとした試練になるけど、最後までやってみる気はない?私はそれを勧めるよ。まぁ……相手が何て言うかだけどね……。」


「仕事辞める気がある訳じゃないですけど、一応、転職も考えてて……。」


 代理が引き留めようとするが、ルカも引かない構えで話は平行線だった。


「勉強してる?」


「一発試験で取ったら、それでかえられませんかね?」


「……無理だね。資格手当は出るけど、給与には学歴も考慮される。頭が中卒の技術士補なんて誰も思わないけど、いちいち試されるのも面倒だろ?規定を変えることが急務になることは無いから、みんな及び腰になって話は進まないし、長い目で見たら大損する。今捨てたら何にもならないよ。今の君には届かない言葉かも知れないけどさ。」


「あんまり負担かけたくないんですよ。」


「……まず、相談してみたら?それからにしよう。」


 ルカの独断での決定を避けるように、代理が話を切り上げた。






「考えてること、教えてくれないんですよ。あの人、私に何も求めて来ないですし。」


 ミキは納得しないアリスに向かって、店の前で「He said彼は " Do you wanna俺と寝たいかと make love聞いたんだ!? " OK!?」と大声をあげる羽目になり、予定をキャンセルして半ば強引に自分の車に乗せ、困惑気味にアリスをなだめようと必死だった。


「そりゃあ、翌日いきなり家で倒れた人に言われたくないと思うよ、あいつも。ブレーカー落としちゃったのは災難だったけど、熱中症だって死ぬからね。ゲーム一つとっても無意識に頭の中でソース解析始めて動けなくなっちゃうでし、食事の管理だって誰かがやってくれる訳じゃない。見るのとやるのじゃ大違いでしょ?


優先されるべき自分の世話がままならないうちに、あーだこーだ言ったってしょうがないなんて、俺だって思うよ。あいつだって、あっちゃんが自分のペースをつかむまでは何も言えないだけかも知れないし。」


「……体を重ねていられた瞬間は、彼だけを感じていられる、とても素敵な時間だったの。」


「あっちゃん、それ公言しちゃダメだよ。良いことだけどね。」


「でも、それっきりよ。そういうものなの?」


「……ぶっちゃけ、今は時期が悪いと思うよ。大切に考えれば、俺でも考えちゃう位。」


「キスだって挨拶程度にしかしてくれないのよ?凄く優しくて泣きたくなる位幸せだったのに……。」


「そんな事、俺に言われても……あっちゃんがすればいいじゃん。」


「寝なさいって怒るんだもの。」


「まぁ、そう来るわな。」


「私……何もわからないわ。今日だって本当はどこで何をしているかなんて、全然わからないし。」


「休みの間はあいつにとっては稼ぎ時だし、結構、忙しくしてるよ。そんなに言うなら行ってみようか?」


 ミキはルカの職場に向かった。



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