所内回覧 【スピンオフ】


「ICP-MSの見積りね。今出すから、ちょっと待って。」


「今回は10検体。いつも通り、液で持ってきます。」


 ミキは神無月所長の元を訪ねていた。神無月所長は事務員にお茶を出すよう声を掛けた。


「向こうに持っていってもいいんだよ。向こうにもあるから。」


「いつも世話になってるんで、悪いなぁと思って。」


「操作手に拘るならあいつに振れば?進捗の連絡も取りやすいんじゃないの?」


「……つうか、あいつんち、今めっちゃ揉めてるの知ってます?」


「知らない。何で?」


 ミキは黙って神無月所長のパソコンでブラウザを立ち上げて、電子カタログを開いて見せた。


「おお、嫁!久し振りに見たわ。綺麗じゃん!何が問題なの?」


「それが、あいつ知らなかったらしくて、物凄くこじれてるんですよ。」


「何で?」


「こういう業界って、明日大丈夫ですか?みたいな仕事の入り方で、突発らしいんですよ。で、守秘義務もあるから言えなかったらしくて。それにキレてしばらく口きかなかったらしいんですけど、言ったら言ったでこれでしょ?あっちゃん曰く、女性向けで女性が見るものだし、メイクさんも衣装さんも他のモデルさんたちも女性だった。」


「そら、そうだろうな。」


「利用するお店で知ってたし、そもそも働いてみろって言ったのはそっちだって。」


「で?」


「本当に男居なかった?って念押されたら、カメラマンが男だったって吐いちゃったんですよねー。もう、収拾付かない。どっちの言い分もわかるから、手がつけられない。」


「んー……まぁ、劣情を誘うかもしれないけど、向こうも仕事だろうし、これ、女性向けの下着カタログだし……。」


「それも理由があって、外で脱いだの感づかれて、めっちゃキスマークつけられたらしくて……。」


「そりゃ、見せるわけにはいかんな。だから後ろ向きなんだ。あいつのせいじゃん。」


「あっちゃんも、その他大勢の一部であって、そんなぶち抜きで顔が出るとは想像してなかったと。」


「それはいいんじゃない?別に。働けって言ったのあいつなんでしょ?間違った事はしてないと思うよ。」


「それも、発端がイチゴ1個。1個1000円のイチゴ買うか買わないかで意見が割れて……。」


「1000円稼いでみろって事か。バカだねー、買えば1000円で済んだのに。」


「本当、そう思う。1個でも10個でも買っとけよって話。」


「はーん、話はわかった。こっちもあいつのせいで呼び出し食らったから、ちょっとやり返してやるか。」


「呼び出し?」


「おうよ。見る?」


 神無月所長がPDFファイルをプリントアウトしてミキに渡した。


「……電子レンジで弁当あっためて、湯沸かしポットでカップ麺食いたい。淹れたてのコーヒー飲みながらアイス食おう。俺様ハッピー、み~んなハッピー……。」


「誰が読んでもそう読めるよな。わからねぇのは事務員くらいだ。」


「何言われたんですか?」


「そりゃもう、こってり。推薦状書いた方としては引き下がれないから、あいつは自由にしておけば最もいいパフォーマンスするし、拘りがない点で向いてる。無理難題が来たらあいつに振ればいいって押しきったよ。」


「本当に無理難題振られたらどうするんですか?」


「そりゃもう、ブレーン集めて全力で何とかするよ。あいつに何かあったら、こっちも飛ばされる。一蓮托生だからな。こっちの気も知らないで、まぁ、好き勝手やってくれてるよ。」


 神無月所長が電子カタログの問題のページをプリントアウトして回覧スタンプを押し、付箋紙に『水無月の嫁➡』と書いて貼った。


「げっ!死人出ますよ?」


「良心が痛むから男性限定にしてやろう。」


 神無月所長は回覧を茶封筒に入れて事務員を呼んだ。




「これ、回しといて。男性社員限定ね。」



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