プロローグ ③事情
「違う路線と接続してる駅は他にもあるけど、北千住越えたら何処に向かうか分からないから、まず追ってはこれない。大声出したければ遊園地もあるし、海まで出ることも出来るよ。」
「一番遠いところに行ってみたいです。」
「じゃあ、海まで出てみよう。」
あがった息を整えながらも、少女の表情は先程までとは明らかに違っていた。
「私、こんなに走ったの、初めてです。」
少女は嬉々としていた。
「こんなにってたかが1キロ程度……もっと運動しろ。あんなボテボテじゃ追い付かれる。よく逃げ切れたな。」
「あの時は、窓から周辺道路が見えたので、信号が変わるタイミングをはかって……。」
「そんなことできんの!?」
ルカは再び時間を確認した。
「あんま時間ある訳じゃないから、その間に考えなくちゃいけないな。」
少女はルカの言葉に下を向いてしまい、二人はしばらく黙ってしまった。
午後5時
「降りるよ。」
日暮れも早まってきた夕刻、少し風も冷たく感じられた。ルカはLINEでミキに『北千住』と打って送信した。
「ダメだ、考え事してると頭痛くなってくんな。何か食う?」
ルカはそう言うと近くの売店に寄り、チョコレートとカロリーメイトとコーヒーを買って、少女に半分、分け与えた。
「私、頭悪くて……。」
「知ってる。」
話を切り出そうとした瞬間のルカの即答に少女は少し驚いたような表情をした。
「ひとより優れた能力を持っているのに、自信が持てないのは頭の悪い証拠だよ。自慢しろって事じゃない。自分に自信が持てないのはお前自身の問題だ。何がどうなったにせよ、いつまでも悲劇ぶってたって何も解決出来ないだろ?そう、悲観に暮れんな。」
ルカが笑いかけると、少女も困ったような笑顔を浮かべた。二人は常磐線で新橋に向かい、新橋からゆりかもめに乗ることにした。ルカがミキに『ゆりかもめ』と送信すると、ミキから返信があった。『お台場海浜公園』と書かれていた。
「すいませんね、What ifかFind the ladyかわかんなくなっちゃって。けど、何処にいくのか解らない彼女を引き留めて保護した事は誉めてもらってもいいと思うんですけど……なんか、喋りません?」
柏方面から東京湾に向かって走る車の後部座席から、ミキが返事のないドライバーに対して話し掛けていた。
「彼女は何を話した?」
「いや、何も聞いてない。誰も信じないし、だから、何も聞いてない。」
「少しは使えるな。」
「でしょう!?そちらで雇って貰えませんかね?僕も来年、就職するか進学するか悩んでてー。」
ミキが冗談めいたが、ドライバーの口調は変わらなかった。
「落ち合えなかった時は覚悟しろ。」
「おー、こわっ。ですよねー。」
午後6時
お台場海浜公園に着いた頃には日が暮れていて、人通りは
「自分一人で何が出来るのか確かめてみたかったんですけど、何から何まで助けて貰ってしまって……。」
「度胸は認める。」
「お仕事は何をされてるんですか?」
「んー、今は分析。高専か化学技術系に進みたかったんだけど、何が何でも普通が一番って考えの親だったから衝突して……俺も、普通って何だよってなっちゃって……すげえもめた。
工業出身の担任が間に入ってくれて、工業高校で落ち着いたんだけど、兄弟仲も、もんのすごく悪くて、兄貴が家で暴れるヤツで、寝てる間に何が起こるかわからないから、オチオチ寝てもいられなくて。誰か殺さないと終わらないんじゃないかとまで考え始めて、離れてみるまで自分はマトモだと思ってたけど、俺もノイローゼ入ってたと思う。親父が死んで更に酷くなってもう無理ってなって、親父が死んだとき家を出る覚悟してアルバイトから入ったの。
機械系と化学系が一緒になった感じのところで働きたかったんだけど、取り敢えず知ってる化学系が分析だったから、勉強しながら卒業しようと思って、面接受けたら通ったんだ。
離れてみたら何のこっちゃない。雨風しのげて安心して眠れる場所があるだけでこんなに違うのかってビックリするほど世界の見え方が変わってた。普通に拘る癖にウチが異常だったじゃねぇかって怒り通り越して呆れるくらい。
環境分析だけど、結構楽しいよ。根拠の説明出来ない理不尽が通らない世界だから安心感があるし、真っ直ぐな努力を認めて貰えるから。見えない100万分の1を追いかける操作をしているとき、一番生きてる気がする。」
「素敵ですね。」
「ん?……まぁ、分析って言えば響きは良いかも知れないけど、言い換えれば泥んこ遊びと水遊びの延長みたいな作業で、あんまカッコいいもんじゃないよ。」
少女は微笑みながら首を横に振った。
「あなたの夢は何ですか?」
「夢かぁ……何だろ?通信は卒業しようと思ってるけど。この間、社員に推薦するって話があって、規定で高卒以上じゃないと社員になれないから、高校だけは卒業してくれって言われて……。規定を変えるアクション起こすより、普通に卒業した方が早いって言われるとその通りなんだよね。出来がどうでも後は問われないなら、その方が楽だし。
そおねぇ……金があったら進学したい気もするけど、世話になってるところに就職するのも悪くないかなと思ってみたり。けど、つくばだからさ、周りでは色んな研究がされてて、先端の研究も見てみたい気がするし……ごめん、偉そうなこと言った割に俺も何も決まってねぇわ。」
「あなたは、私には出来ない全てを持っているみたい。」
「全部自分で決めたこと?楽じゃあないけどね。」
「何で10時だったんですか?」
「それは労基で決まってるから。子供が就労していい時間について定められていて、その時間帯は出歩いてる事があるってこと。中学生までは夜8時、高校生は夜10時って決まってる。それ以上遅くにうろついてたら補導されても文句言えないから、俺達も付き合えない。」
「日本はそんなところまで保証されているんですね。」
「ん?……まあ……だから、帰れる所があるんなら、一度、帰った方がいいんじゃないかな。」
帰らない方法も考えに考えたが、少女の様子を見ていて答えに迷い、ルカが切り出した。
「そうですね。」
少女は寂しげに微笑んだ。
「最後にお聞きしたいんですけど……。」
車が公園に到着すると、男はミキを置き去りにして車を降りた。車の前を横切った時に、男の腰にホルスターらしき物が見えた。ミキは先に二人を見つけて報せようとドアレバーを引くが、扉は開かなかった。
「チャイルドロック!畜生!」
男が離れて自動ロックが掛かってしまったが、ミキは構わず運転席側からドアを開け、盗難警報を鳴り響かせた。
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