君と僕の間には ⑤可愛いだけじゃダメですか


「お説教なら聞きたくありません。」


「……違う。まじめな話。」


 アリスは黙ってベッドに腰を下ろした。ルカはインスタントコーヒーをウィスキーで溶かし、ガムシロップを加えて、グラスに半分程のコーヒーリキュールを作ると、向かいのデスクチェアに座った。


 ルカはリキュールを飲みながら、遠くを見つめ、話し始めた。


「代理と話してきたんだけど……。」


「……綺麗な方ですね。」


 棘のあるアリスの返答に状況を察したものの、ルカはスルーして事情を説明し始めた。


「……大学辞めようと思って……中途採用出来ないか聞いてみたんだけど、学位はとれって言われた。卒論の事も考えると、来年どれくらい働けるかは正直、疑問なのね。このままいくと、来年はヤバイかもしれない。で、転職って手もあるんだけど……。」


「…………。」


 懸念していた事を単刀直入に言われ、自分の存在がルカの人生を大きく変えようとしているかと思うと、アリスには返す言葉が見つからなかった。


「それ、プレゼント。見て。」


 ルカはアリスの足元の重たい紙袋を指さして言った。中を覗くと、高校の教科書が入っていた。


「要らなくなった教科書、譲り受けてきた。それ、全部覚えて欲しい。本当は中学からやり直した方がいいと思うけど、それはできない。高校から入ってもいいと思うけど、覚える事が辛くないなら、ぶっちゃけ授業ダルいと思うし。失敗してもいいから、大学からでも学校には通ってみて欲しい。そればっかりだと頭が痛くなるだろうから、柔らかい読み物も買ってきた。」


 そう言って渡したのは、情報工学部門技術士一次試験の参考書だった。


「取れると思ったら取ればいい。これから目指す分野と何ら関係なくとも、箔がつく。おまけ位にはなるから。車の免許も取って欲しいんだ。独り歩きする時は、歩いていくより安全だから。普通の人の倍かかったとしても、そこまでは出せると思う。問題はそこからだ。」


 ルカはグラスを傾けながら話を続けた。


「大学はある程度成績が維持できれば学費免除が使える。俺もそう。だから、落とすわけにはいかない。けど、簡単じゃないと思う。それで、お願いがあるんだけど……。」


 ルカは財布から運転免許証と千円札一枚を抜くと、アリスに財布ごと渡した。


「最近、体調悪いでしょ?中に保険証入ってるから、とりあえず病院いってみてくれない?それからじゃないと、話ができない。」


「…………。」


 アリスは答えようとしなかった。


「大学通うなら、ある程度の目標も必要だと思う。何がしたいとかある?何になりたいとか……。」


「…………。」


「……俺に言わなくてもいいけど、希望はまとめておいて。動機は聞かれるし。少しずつでいいから、自分の為の自分の事、考えてみて欲しいんだ。出来る限りの努力はします。」


 言い方が改まったところで、アリスが口を開いた。


「……後悔してますか?」


 ルカは短く漠然と質問された事にイラつきを覚えたが、抑え込んだ。


「言っとくけど、それに関しては絶対、謝らないからね。会わせる顔がなくなるし。今は暇こいてるかもしんないけど、場合によっては、これから忙しくなってくるし、実際には大変だと思うよ。俺がなに言っても最終的に決めるのはお前だから、そうと決まれば俺は受け入れる事しか出来ないけど。」


 アリスも言わんとしている事がわかって、その話題から逃げるように代理の名前を挙げた。


「代理と何があったんですか?」


「相手の名誉のために言えない事もある。」


「…………。」


 そっぽを向いて会話を拒否する姿勢のアリスにルカが折れた。


「……わかった、言う。キスはした。けど、向こうは家の鍵がわからないくらい泥酔に近かったし……。」


「わざとじゃないんですか?」


 アリスの態度にルカも腹が立ってきた。


「じゃあ、お前もわざとか?」


 ルカの目は怖かったが、アリスも引き下がらなかった。


「何で私ばかり怒られるんですか?」


「いや、わざとなら怒るよ。」


「私はあなたに聞いてるんです。」


「不可抗力だよ!あの人そういう人だし、後にも先にもその一回しかないから。」


「相手の家に行って何もなかったは通用しないってあなたが言ったんですよ。」


「はいはい、すいませんでした。これでいい?」


 ルカの態度もいい加減過ぎたが、アリスにはそれよりも聞きたい事があった。


「あなたにとって、どんな方ですか?」


「……環境の技術士。プライベートではちょっとだらしない所もあるけど、国の大規模開発事業なんかに環境負荷を考えて意見したり対策を考えたり、国の将来を考えて国を守る仕事をしてる。今はまだ遠い目標だ。計量の先生でもあるけど計量士としてよりも技術士として尊敬してる。」


「……私はどんな存在ですか?」


 ルカはとても答えにくそうだったが、リキュールを口に含んでしばらく考えたあと、頑張って答えてみた。


「……可愛い。」


「……それだけですか?」


「それだけ。」


 ルカは純粋な気持ちを伝えたつもりだった。具体的な何かを期待していた訳ではなかったが、あまりの評価の差にアリスは自分が無価値に等しく聞こえて、ルカの言葉が受け入れがたかった。


「可愛いかどうかだけで!?可愛かったら誰とでも……!」


「違う!どうにもこうにも傍に置いておきたくて、一緒にいたいと思うことを可愛いって言うの!ぬいぐるみ欲しくなったでしょ?抱いてみようと思ったでしょ?同じだよ!理由を挙げ連ねたところで、そんなもんはこじつけでしかない。そこに理由なんか無いんだよ!」


「私はぬいぐるみじゃありません!」


「わかってる!じゃあ、聞くけど何でお前は俺と一緒に居ようと思ったの?」



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