君と僕の間には ⑦あの日見た同じ未来


 アリスは動悸を飲み込むように黙って聞いてはいたものの、居たたまれない心境になっていた。両手で顔を覆い目を閉じてしまったアリスを見て、組んだ足を抱えて天井を仰ぎ、大きく息を吐くと、ルカはグラスを空けて言った。


「でもね、サマセットはトレイシーに言うんだ。甘やかして育ててやれって。……俺、それ見てて、すげぇ納得しちゃったのね。」


「…………?」


 アリスが恐る恐るルカの顔色を窺うと、ルカはとても穏やかな表情でアリスを見ていた。ルカは両手を伸ばしてアリスを呼ぶ姿勢をとると、アリスがゆっくり立ち上がった。ルカはアリスを膝の上に乗せて抱き締めながら、言い聞かせるように話した。


「どんなに傷つけないように守ろうとしても、親がきつく当たらなくても、子供は勝手に外で傷だらけになって帰ってくるよ。考えてみたんだけど、そのくらいしか、甘やかすくらいしか出来ることなんかないんだ。色んな事があるんだろうね。けど……まぁ、安心して帰ってこられるような状態であればいいのかなぁ?って。


勉強ができる事とか、運動ができる事とか、勝手に将来心配して色んな事に熱を入れる人もいるけど……まぁ、教育方針だよね。それに、凄く翻弄されたよね。でもさ、もっと子供自身が幸せになろうとする力を信じてあげてもいいんじゃないかなぁ?って。色んな方法があるんだろうけど、可愛いよ、大事に思っているよって伝えることが出来たら、それで充分だった気がしない?」


 ルカはアリスの背中をトントン優しく叩いた。


「アリスも自分の名前見て気付いたと思うけど、ヘンリー・リデル氏が親権もってたみたいなんだよね。どこまで回復するかわからないから、まだ何とも言えないんだけど、当然、向こうは返せって言ってきてるよ。


アリスもヘンリーの全てが憎い訳じゃないだろ?和解できるなら、出来るとこまではやってみるつもり。でも、もし本当に行きたい所が別にあったなら、無理しないで。そこまでは連れていく。それまでは一緒にいてくれない?」


 アリスの体の強張りを感じると、ルカはアリスの背中をきつく抱き締めた。


「俺さぁ?車の運転してて思うんだけど、車って見てる方向に行っちゃうんだよね。人も同じだと思うのね。まぁ、運転してるのは人なんだけど。同じもの見てる時は、同じ目標に向かって一緒に行けると思うんだ。けど、相手を見たら絶対ぶつかんの。交通手段も沢山あって、それぞれ違う方法を取ることもあるだろうけど、もし同じ未来を見ることができたら、目指すところが同じ間は、一緒にいられるんじゃないかって思うんだ。」


 ルカはアリスに首を傾けて寄り添いながら、ゆっくり説明した。アリスは小さく鼻をすすると、


北海道ほっかいどう魚鮮ぎょせん水産すいさん……。」


 と言った。


「……わかった。今度連れてくから。今日はそれで勘弁して。」


 ルカはアリスの濡れた睫毛に口づけた。


「……ごめんなさい。」


「何事も無くて良かったよ。無事に帰るまでが遠足だからね。」


「……遠足って何ですか?」


「……何の話してたっけ?わかんなくなってきちゃった。……他にはもうない?」


「ミキとキスしたわ。」


「……変な冗談真に受けたでしょ。」


「そうかも。」


「菓子折もって謝りに行かなくちゃ。角が痛い缶のやつ……あー、名前が出てこない……。」


「雪見ちゃん?」


「そう、雪見ちゃん。今度遊びに行こう。可愛いんだ。」


「あなたの周りは可愛い人ばかりね。誰が一番可愛いの?」


「俺。」


「……バカ。」


 下らない事を言い合いながら、二人は何度も唇を重ねあっていた。





 9月4日 日曜日


 アリスは出掛ける前のルカのキスで目を覚ました。


「昼頃には帰ってくるから、ダルかったら寝ててもいいよ。出掛ける時は付き合うから。」


 玄関で靴を履きながらルカはアリスに声を掛けた。アリスは玄関まで、見送りに来て、少しツンとした表情でルカに言った。


I don'tあなたが knowどう how you感じるか feel but分からないけど, …… I guess私なんとなくあなたを I love愛してるんじゃ youないかと思うの.」


Guess何となく!? Muchずっと betterいいや. 俺もそう思うよ。」


「!?」


「?」


 物凄く驚いた顔をしたアリスをルカは不思議そうに見つめていた。


「あの……あなたは、考えた?もし……その……私たちの間に……何もなくても……。」


 指先をいじりながら、しどろもどろになるアリスを見て、ルカはハハッと声を出して笑い、アリスの唇に口付けて、少し、くすぐったそうに言った。




「愛してる。」



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