鏡の国のアリス ⑲出来ること


 11月26日 土曜日


「そんなに頻繁に変えるなら、歯ブラシの有効利用とか研究されないんですか?」


 ルカが週に3回は捨てることを見ていたアリスが提案すると、口を漱いでルカが答えた。


「廃プラのガス化?PP、PSとかは燃料ガスに変える研究があったな、確か。」


 ケータイを操作してルカは論文を検索し始めた。


「廃プラから燃料ガスの製造はあるみたいだな。ガス化モジュールとかある。」


 ルカが画面を見せてくれたが、アリスにはサッパリだった。見る場所を指さしながら、ルカが説明した。


「ガス化させたときの生成物はこれ。プラスチックの化学構造に依らずに反応熱の寄与が支配的だって結論が出てる。生成された燃料ガスを用いた発電とかなら道はあるのかな……。ただ、全国民が3日に1回交換するとしたら1億2千万人で145億。1本当たりの重量は……。」


 ルカがキッチンスケールを取り出して、キッチンで歯ブラシの重量をはかった。天秤一つで未来の見通しを立てる。ルカにとっては日常的にこなせる作業でも、アリスには到底理解が及ばない領域だった。


 彼らしい何かを探そうとしても、ルカの興味を引き出すことも出来ず、余計な負担を増やしていく行為だと思ったが、それを知った上でわかるように答えてくれているのかと思うと涙が滲んできた。


「ただ、一年に一回しか替えない人もいて、そういう人が多ければ1/121まで落ちる。衛生用品だから回収に抵抗があるかもしれない。こう考えると、用途は限定的じゃない?ちょうどいい規模の施設でも調べてみようか?」


 アリスはルカを背中から軽く抱き締めると、


「いえ、あなたの声を聴いていたかっただけです。」


 と答えた。ルカはアリスの手に手を重ね、


「うん。」


 とだけ言って、コーヒーをすすった。





「だから、あっちゃん、考えすぎなんだって。」


「本当に役立たずよ。何の役にも立たないどころか、彼を追い詰めるだけだわ。最悪よ。」


「あいつはやらせりゃ何でもそこそこ出来ちゃうから、そもそも興味持ちにくいんだよ。あいつが興味持つったら、よっぽどの事だよ?しょうがないよ。どうしょうもないんだって。理想は二の次だよ。」


 アリスはルカと同じように振る舞えない自分に苛立いらだちを覚えていた。


「黙ってみてるしかないの?何にもならないのよ?どれだけやっても全部持っていかれるだけなのに……。」


 ミキに同意を求めたが、泣きそうになったアリスを見て、最大限の理解を示してきたミキのイライラが爆発した。


「何ができるっていうんだ!出来ることは全部やってるよ!相手はクレイジーだ。んなこた、あいつだってわかってる。お前が安心して暮らせるようになるなら全てがどうだっていいと思うくらいには大事なんだろ!?それを何にもならないってお前が否定してどうすんだ!


親父に注つがれりゃ飲めない酒だって飲み干すさ!どんだけ搾取されようが結納金だと思ってるよ!お前だって聞いただろ!この件に関してはあいつだって内心、ぶちギレてるよ!それでもこんだけ譲歩してWIN-WINで収めようとしてる!企業は利益が無きゃ動かないさ!他に方法はなかった!どっかに落としどころつけろ!お前だって一度消されてんだぞ!忘れたのか!?」


 ミキに怒鳴られ、アリスは黙った。黙って、自分にできる事とルカのできる事との乖離に情けなさを感じるばかりだった。


「悪い。言い過ぎた。」


 ミキが謝ったが、アリスは首を横に振った。


「卑怯よね。何も出来ない自分にイラついて八つ当たりして……。キティにも何て謝ったら良いのか何も浮かばないまま気持ちばっかり焦って……肝心な時に何も守れなくて……私、自分が嫌い……。」


「出来ないことを数えたってしょうがないよ。出来ることしか出来ないんだから、やれること考えようよ。こういう言い方もなんだけど、おっぱいでも揉ましてくれた方が全然元気出ると思うよ。別に迷惑だって言われた訳じゃないんでしょ?難しく考えるのやめよう。お腹にも良くないよ。」


 どれだけ尽力しても自分だけが助かって何一つルカを守る手段が浮かばない。アリスは自分が一緒にいる事がルカにとって良いとは思えなかった。


 アリスはこれまで自分は守る側の人間だと思っていた。このまま全てを譲渡してしまえば、もう手も足も出ない。自分の仕事は一体なんだったのかと自虐的に考え絶望しかかった時、ふと、ある考えが閃いた。


「……商標権……?」


 聞いてミキがハッとした。


「知財だ!ちょっと待って!」


 ミキはこれまで交わしてきた契約書全てに目を通していった。


「無い!命名、名称に関する取り決めは一切無い!」


 二人は顔を見合わせた。



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