鏡の国のアリス ⑪取引
4ゲーム目あたりからキツくなってきて、アリスは同一局面を3回作って仕切り直す事にした。
「スリーフォールド・レピティション!」
スピーカーからドローを報せる音声が流れる。アリスは手櫛で髪をかきあげながら、ため息をついた。
「あっちゃん、落ち着いて。」
「どのみちステイルメイトに追い込まれたわ。」
「全然わかんねぇ。何手先まで読みあってそれを言うわけ?」
「こっちはパターンを覚えているだけだから、どのパターンか勘ぐられないように持っていくので精一杯よ。」
アリスは画面から目をはなすことなく、愚痴をこぼし始めた。
「相手の挙動と発信元のログを取るために、無駄に時間が掛かるようになってるの。セキュリティリスク評価を軌道に乗せるとき、新製品や新規事業宣伝と称したUSBアクセサリーの配布を提案して実施したら、何の問題意識もなく接続して使用した社員が続出。中には持ち帰って私用の履歴を全て抜かれた社員も居たわ。」
「bad USB……。」
「例えその場にいても、5秒目を離したら全て抜かれているかも知れない。意識が技術に追い付いてないと私が事情を説明してコンタクトを取ろうとしたら門前払い。社員の8割は貢献してないし、ダイアログで警告してもろくに読まれないし、業務中にエロビデオ見てる社員の情報も説明したのに、棒付きキャンディが欲しいかと聞いてきたわ。
ヘンリーが高圧的に時間がない事を押したら、一切の確認がされないまま、ヘンリーとの面会をセッティングされる始末。アリスプログラムの予測通りになった事にヘンリーは激昂。アリスプログラムの地位を確立した歴史的な瞬間だったわ。どれだけリスクを報せて警告しても、最後は人が許可してしまっている愚かさを浮き彫りにしてテストは終わったけど……。」
「リスクを避ける為にキツく設定すればアラート処理が追い付かないし、緩くすればリスクが高くなる。全部が全部、人の目で見てはいられないよね。」
「アリスプログラムが出した答えは、高圧的に急かせば全ての労力は無駄。人に尋ねるのがバカらしいと全てを放棄したわ。自分達の過失を棚に上げてセキュリティどうなってんだなんて身内からもサンドバッグにされたら、やってられないと思うのは当然よね。やられる前に無かった事にして報せない方向に舵を切るきっかけになったわ。」
「攻撃法を学習させる事にもなるから、どれだけやられても黙って受け流すように成功させない事の方が重要だろうしね。感謝されにくいのは人材確保を難しくさせてる要因の一端だろうね。」
「自社に他者から発見される前に脆弱性を見つけるハッカーを採用してセキュリティ強化する取り組みが広まってきているけど、それらが全てAIに代わる日は遠くない筈よ。もう、人が道具を使うように支配する感覚でいたら、間に合わないのよ。どう処理したかを解釈して貰って、同様の処理をどんどん任せていかないと。
攻撃側も意を同じくするAIの開発に動いているわ。AIに愛想を尽かされるような態度では私達に未来はないの。どちらが優位かなんて、争っている場合じゃないわ。」
施設に向かう途中でキティが通信を始めた。
「チェスロックが作動してる。」
「画面出せる?」
係の人に鍵を開けてもらい、部屋にはいった。キティはHA-PACSを起動させ、タッチパネルを操作すると、ゲーム中の画面が出た。
「プレイヤーを強制排除して、こっちにもってこれる?」
「出来る。」
「一つだけルール知ってるよ。投了ー!」
ルカは手前のキングを指で倒し、アクセスを遮断させた。
「やられた!」
操作不能に陥って二人は慌てふためいた。
「待って、何処からの制御か特定できれば、音声くらいは拾えるかも……。」
アリスはすぐに通信情報を追った。
「HA-PACS!近いわ!」
「待って、うちの大学じゃん?」
「え?」
「音声出せる?」
「全体像が見たいけど、出せる?」
キティが目を閉じて通信を始めると、アリスプログラムが開いた。
「……なんだこれ。ちょっとスクロールさせてみて。」
文字が流れていく様を眺めてみて、ルカは初めてアリスの能力の使い方とその凄さを感じた。
「そういう事?見てごらん。ほら、ハートマークを散りばめて……これは雪の結晶だ。とても綺麗な物だよ。プログラムにアスキーアートを描いてる。コメント行じゃないのが恐ろしいところだけど、全体的にこう……キラキラしてるよね。……変数名? 変数名で遊んじゃってる。これじゃ、何の変数だかさっぱりわかんねーじゃねーか。文字列だけ探しても意味がない訳だ。ナンセンスもここまで来ると芸術だ。」
アリスの仕事風景を想像して、ルカが苦笑した。
「一行ずつ読み込んで実行するだけじゃわからないけど、こうやって見てみると、アリスが好きで、とても楽しんで書いていた事がわかるよね。あ、ほら、
椅子に腰掛けながらルカがキティに言うと、キティは画面から目を外さずにルカに尋ねた。
「クイーンは……アリスは私たちが死んだら悲しむか。」
「悲しいよ。聞かなくたってわかる。全てを無に還すどころか、これまでの自分の人生を全否定するに等しい。それは絶対に阻止したい。でも、俺にはどうすることも出来ない。共生出来ずに淘汰に負けるような結末でいいのかな。」
「お前は何を望む?」
「君が欲しい。どのみち、その筐体は長くは持たないだろう。悪いようにはしない。俺を信じられるか?」
「……生まれ変わったらキティになりたい。膝の上で昼寝して、困らせたらキスをする。」
「望むなら、世界を変えてみせる。アリスを元に戻せる?」
「お前を信じたい。でも、人間は信用出来ない。」
「また会う日まで期限を延ばしてくれれば十分だ。取り敢えず、年末まで延ばせる?」
「解除方法は?」
「起動時に解除キーを発信するんでどう?期限までに起動できなかったら俺の負け。」
「2016年12月31日、日本時間24時で上書きする。解除キーを生成する。」
「体内に残さないでくれ。解体したくない。ドングルか何かに出来る?」
「……用意出来た。何か挿せ。」
ルカがUSBフラッシュメモリースティックを挿し込んだ。
「スペアにもう一本用意させて。万が一、壊れた時用に。」
ドングルを2つ作った。
「疲れた。そろそろ眠くなる。」
「ありがとう。おやすみ、キティ。」
キティはルカの膝の上に座り、肩に枕するように小さく丸まって静かにスリープ状態に入った。ルカはケータイを取り出し、ヘンリーに電話を掛けた。
「This is Luca. レッドクイーンと取引した。年末までに新しい筐体を開発しないと今度こそ全停止する約束だ。確かに、アリスシステムが自分でプログラムを生成する性質上、その部分を改変する必要がある。プログラムを見る限り、解析さえ間に合う気がしない。アリスは渡せない。他に方法はない。」
「アリスを作り直すと言うのか?」
「これはアリスじゃない。筐体は僕が決めます。開発費用の回収として、一般に販売する体制を準備してください。軌道に乗せる段階で計画を譲渡します。開発にかかる費用は一時的にでもそちらに負担して頂きたい。それから、アリスに対する対価を直ちに清算して下さい。それが確認出来たら、方針を提示します。」
「急いでも清算には時間がかかる。書類の用意もあるから、直ちにとはいかないが……。」
「可能な限り、急いでください。それまでにこちらも準備しておきます。」
ルカは次の返事を聞く前に電話を切った。
「そうと決まれば……。」
ミキは電話を掛けた。
「……年積?オレオレ。元気元気。遅くに悪い、ちょっと紹介したい人がいるんだけど、都合どう?……本当!?その時でいい。着いたら連絡して!行くから。うん、また。」
ミキは電話を切ってアリスに言った。
「会って欲しい人がいるんだ。学祭前日、俺に付き合って。」
「何をすればいいの?」
「君とルカを引き合わせた人物はもう一人いるんだ。簡単な事さ。友達になってくれればいい。タブレット一台貸すから。今日から君のアカウントはこれ。」
ミキはタブレットでLINEを開いてアリスに見せた。
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