第5話 ぼっけもん

(一)

 祭りの会場である湯乃尾神社の境内に、半鐘の音が聞こえてきた。

祭りの空気は一変した。誰に言われるでもなく、男たちは家へと駆けだす。日頃の訓練の賜物である。

 国兼が一番早かった。石段を駆け下りながら指笛を吹く。

白き老馬が、そのよぼよぼした外見が嘘のように颯爽と走ってきた。

七十の国兼も、年齢を感じさせぬ動きで、愛馬襤褸にさっと飛び乗ると、一路川東村へ向けて走り出した。

 従者の猪三が槍を担ぎながら後を走って追いかける。


「あーあ、相変わらず丸腰で。」

呑気な風に、半左エ門が言いながら階段を駆け下りる。

「ぼっけもんの性というやつじゃな。」

次右衛門が言った”ぼっけもん”とは、薩摩の方言である。

命知らず、粗野、無礼、不遜、単純、それでいてどこか愛嬌のある男のことを言う。薩摩において、ぼっけもんは最も好まれる男の理想の姿で、男たちは少年のようにそう呼ばれることを望み、そう呼ばれるものを好んだ。

 島津忠良をして”薩摩一のぼっけもん”と言わしめた梅北国兼は、家中の若侍たちにとって、ある種の憧れと羨望の対象であり、国兼の向こうを張って、我こそが薩摩一のぼっけもんという侍が続出した。国兼は、ぼっけもんと言われることを、何とも思っていない風であった。そういったところが、ぼっけもんたる所以なのであるが。


 がらがら

 下田忠助が、武具を満載した馬車に乗って手を振りながら、やってきた。

「相変わらず気が利くの。」

 川畑喜内が、乗り込みながら言う。

 「いやー、家に向かっておったら大黒屋の若い衆が、武具を積み込んでおってな。」

 「なんじゃ、偶々か。」

伊地知半左エ門がそう言って、一刻車内は笑いに包まれた。緊迫した中、まるで花見にでもいくかのような様である。

 大量の武具に、大男の喜内、太った猪三まで拾ったため、二頭立ての馬車もなかなか進まない。川東村は、ここより二里ほど先である。


(二)

 「殿は、もう着かれたころじゃろうか。」

心配した風でもなく忠助が言う。次右衛門が、うなづいた。

 「野盗かの。」

おしゃべりの忠助が続ける。

 「うるさいぞ。少し黙っておれ。」

物思いに沈んでいた喜内が、大きく丸い目で、ぎょろりと睨んだ。忠助は首をすくめる。

 かっかっと、突然、後ろから複数の馬蹄の轟が聞こえてきた。

馬に跨った野良着姿の十人ほどが、物も言わず馬車の横を並んで走る。

半左エ門が、馬車から槍をひょいひょい放る。

馬上の男たちは、器用にそれを掴むと、速度を上げて行き過ぎていった。

 「何か言えばよいのに、あいかわらずじゃの。」

忠助があきれたように言い、喜内に睨まれて口に手を当てた。

 過ぎていった騎馬の群れは、国兼の家臣、牛丸民部率いる騎馬隊である。

牛丸家は先祖以来、霧島連山内で、馬を育てる仕事をしてきた一族である。

民部の親の代からは、大隅の雄肝付家に厩番として仕えていたが、肝付氏の衰退を契機に国兼の家臣となった。

民部は、幼いころから馬と心を通わせられ、優駿を育てるだけでなく、小柄な体を活かして、自在に馬を操ることができた。そこで梅北衆では、十人の騎馬隊を率いる将となった。

人より馬が安心できるため、日ごろ馬たちと山で暮らし、何かなければ里に下りてこない。民部も、半鐘によって駆け付けたのだった。


(三)

「お出ましじゃ。」

待ちかねていたように、長迫蔵人が言った。


かっかっ

 村の入り口からは、手綱を引き、ゆっくりと辺りを見回しながら、馬上の老人は川東村の中央広場へと進んでいく。気づいた村人たちは、声はかけないが縋るような眼をして旧領主を見ている。まるで、米俵を運ぶ伊集院勢が目に入らぬように国兼は平然と進んだ。蔵人の前で馬を止める。そのまま降りずに、黙って、じろりと蔵人を見下ろした。ぞわりと、辺りが強烈な圧力に包まれる。


「梅北左衛門尉、太閤様の天領に、隣地の地頭ごときが何用か!」

圧力を跳ね返すように、蔵人は大声を出した。この伊集院きっての剛の者も、薩摩一のぼっけもんを自称するひとりであり、機会があれば、国兼とぼっけぶりで決着をつけたいと思っていた。ここは引くわけにはいかない。


 国兼は蔵人を無視した。

この伊集院の小うるさい小僧は、何かにつけて、前から梅北家に難癖をつけてきていた。阿呆には、関わっておられん。国兼は月野平左衛門を見つけた。あいつなら話ができる。馬から降り、愛馬をゆっくりと火の見櫓に繋いだ。

長迫蔵人は、しつこく何事か、がなり立て続けている。

殊更に無視して、月野平左衛門に尋ねた。

「こいは何事じゃ。」

「年貢の取り立てにござる。お気遣いご無用。」

圧力に負けぬよう答えたが、こめかみから一筋の汗が流れる。

「半鐘が聞こえたが。」

「子供の悪戯でござる。申し訳ござらん。」

森山久三がにこやかに答えるが、幾分顔は引きつっている。

その目の先に、縄目を受けた太郎次郎一家がいる。国兼は、そちらを、ちらと見て顔色も変えず問う。

「村長は、なぜ縛られておる。」

周辺の圧力が強まった。静かな怒りが、たぎってきたように思えた。平左衛門も久三も、その圧力にのまれ言葉が出ない。


「太閤様の代官伊集院忠棟様、その代理人たるわし、長迫蔵人に逆ろうたからよ!」

虎髭を振るわせて、蔵人が吼えた。

「何を逆らったというのじゃ。」

ここにきて初めて、国兼は蔵人と対峙した。

「わしは、年貢を納めよと当たり前のことを言うたにすぎん。しかし、こやつは、村長のくせに口ごたえしおった。」

「これ以上、追加の年貢を取られては、生活が立ち行かず死ぬものも出ると言うただけです!こちらが手も出さんのに、いきなり殴りつけられました。」

 縛られ顔面が腫れ上がった太郎次郎が、たまりかねて叫んだ。


 このような伊集院代官による横暴は、天領となった薩摩大隅の各地で行われていた。薩州島津家の出水においては、怒った地侍と代官代理人が斬りあいになり、当主義虎が太閤から処分を受ける結果に発展していた。当主と並ぶ領地をもち、太閤の代官となった伊集院家は、当主も家臣も家全体で驕慢となり、島津家中の憎しみの対象とさえなっていた。

 そもそも、忠棟が太閤から日向庄内8万石(現在の都城)を与えられ、義久義弘の各10万石と並ぶ領地となり、代官として島津領内40万石の天領を管理する身分となったのは、太閤検地に積極的に協力したからである。検地のための資料を出し渋る義久を尻目に、島津家歴代の家老を務め、秘密を保有する立場にあった伊集院家の当主忠棟は、積極的にその秘密資料を提出した。島津家からすれば、忠棟は主を売って高禄を得たに等しい。憎まれても当然かもしれなかった。


「年貢とは納めるもの、百姓風情が、どうこう言えるものではないわ!」

蔵人が、怒鳴り返した。

そのとき、気を失っていた五郎丸が息を吹き返し、縛られたまま後ろから蔵人に飛び蹴りを食らわせた。不意を突かれて、蔵人がよろける。

「百姓を馬鹿にすんな!百姓が米を作らねば、この国は成り立たないんだ。太閤殿下だって、もとは百姓じゃないか!」


 恰好つけ、洒落者の蔵人は、子供によろけさせられ、衆目の中、大いに恥をかかされたと感じて、怒りが沸点に達した。五郎丸を縛る縄をむんずと握ると、思いっきり地面に叩き付けた。五郎丸は、あまりの衝撃にうめき声をあげ、母のお春が悲鳴を上げる。

 蔵人は、うつ伏せになった五郎丸を踏みつけ、しゃっと刀を抜き放って叫ぶ。

「ここを支配するは太閤殿下であらせられる。恐れ多くも、太閤殿下を悪し様に言う者あらば、それは大逆である。罪重く、それが明らかなるときは、太閤殿下の法度では、どうするんじゃったかのう久三。」

 森山久三が、はっとしたように言う。

「評定を経ず、その場で処断するを許す。」

「その通り、大逆は重罪!代官代理人たるわしが、この場で裁いてくれる。」

そう言うと、逆手に持った刀を振りかぶり、五郎丸を背中から刺し貫こうとした。


母お春だけでなく、村中の女どもから悲鳴が上がった。

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