第33話 わしが軍師である。
㈠
文禄元年二月、薩摩の国虎居城に太閤への反乱の賛同者が密かに集められた。
主な面々は以下のとおり、総兵力五万余りである。
薩摩大名格
島津歳久(虎居など四万石)、島津忠辰(出水五万石)
薩摩地頭
田尻但馬(伊作)、東郷甚右衛門(鶴田)、大野忠宗(川辺)、荒尾嘉兵衛(市来)
肥前大名格
江上家種(蓮池など五万石)
豊後大名
大友義統(豊後三十万石)
筑後大名格
城一要(石垣山一万石、菊池一族)
肥後国人
隈部親泰(元大名、菊池一族)
阿蘇惟光(元大名、阿蘇大宮司)
「なかなか心強き面々じゃが、相手が相手じゃ。参加するものは他におらぬのか。」
義統は不安そうだ。大友宗麟の嫡子は、暗愚とまでは言わないが、とても豊後一国保てる器ではないと領国で言われていた。その評判への反発もあっての参加である。反乱への決意がどの程度のものか怪しいものだった。
「じきに国兼が参ります。もうしばらくお待ちくだされ。」
眼を閉じたままの歳久が、静かに言った。
「梅北殿を加えても五万余りか、相手は四十万、なかなか大変じゃな。」
江上家種がぽつりと言った。
「失礼ながら、戦は数ではあり申さん。隆信殿のお子、家種様はよくご存じの筈。」
武勇に優れた大男、田尻但馬が言った。
彼は家種の父、龍造寺隆信が討ち取られた沖田畷の戦いに、島津家久与力として参陣している。
皮肉を言われたと感じた家種が嫌な顔をした。
「梅北殿は遅れておるようじゃ。皆様をお待たせしては悪い。そろそろ始めませぬか。」
川辺地頭の大野忠宗が言った。歳久は頷き、会議開催を宣言した。
「みなさま、本日は、このたびの企てに参加される方々の初めての顔合わせ、併せて時間が無いことゆえ、どのように戦うかの策を立てるための集まりでござる。」
そう言いながら歳久は、一同の真ん中に九州の地図を開いた。
「肥前名護屋城は来月には完成し、太閤も四月には入る予定と、調べがついております。朝鮮渡海は、四月から開始され、まず西国大名を中心に二十万、ついで残りの東国大名ら二十万が渡海、併せて四十万で一年のうちに朝鮮を制圧し、そのまま明へ攻め入ろうという算段のようでござる。」
少年、阿蘇惟光が口を開いた。
「今お聞きすると、あまりに漠然とした計画のように感じます。四十万を動かす兵糧などの算段や、占領地を統治する方法は検討されているのでしょうか。」
明察に歳久は感心した。若年乍らなかなか。
「そこでござる。民から無理やり兵糧をかき集めてはおり申すが、第一陣の二十万が、半年戦うにやっとの分しか集められておらぬ様子、計算のたつ石田治部が、それでも平気な顔をしているのは、例の噂が本当である証拠でござろう。」
忠辰が口を挟んだ。
「例の噂とは?」
歳久はいまさら何をと思ったが、平静を保って言った。
「宗義智、石田三成、小西行長らが、密かに朝鮮国と通じ、戦いの準備の裏で和睦を謀っておるとの噂でござる。」
「なんと大胆な!しかし、うまくいくなら朝鮮出兵が無くなるのではないか。」
歳久のこめかみに血管が浮いた。知謀をうたわれた歳久だが、実は四兄弟の中で、一番血の気が多い。
「なくなり申さぬ。太閤が許すまい。策謀が知れる所となれば、三成ですらただでは済まぬでしょう。」
㈡
「さて、太閤秀吉と、どう戦う?」
江上家種の問いに、隈部親泰が答えた。
「秀吉が肥前名護屋城に入り、西国諸将が渡海した隙を見て挙兵し、五万の兵で陸と海から肥前名護屋城を囲んで攻め立てるのがよい。」
義統が聞いた。
「歳久殿も同意見か。」
島津歳久は首を横に振った。
「城攻めの名人黒田官兵衛が縄張りした、肥前名護屋城の防備を見る限り、五万の兵でまともに攻めても、落とすことは難しい。城の中に入り込む算段が必要じゃ。しかし、調べても調べても、城内部の構造すらわからん。」
肥前名護屋城に所領が近い、城一要が言った。
「城に通じる地下道があると噂で聞いたことがある。間者を放って調べてはどうか。」
歳久は再び頭を振った。
「間者ならば、既に腕の立つものを何人も送っておるが、誰一人帰っては来ぬ。黒田官兵衛、甘く見てはならぬということか。」
「肥前名護屋城攻略が無理とすれば、城に入る前の秀吉を、九州の何処かで狙うほかないということですかな。」
荒尾嘉兵衛の言葉にも、歳久は首を振った。
「秀吉は、肥前名護屋に船で乗り付けるじゃろう。諸将の渡海は、どう見ても秀吉が名護屋城に入った後、挙兵の時を誤れば、西国二十万の敵を相手に戦うことになる。運よく勝ちを収めても、引き続いて東国二十万の敵が襲い来る。最終的に勝つことは不可能に近い。」
忠辰が叫んだ。
「これは軍議ではないのか。先ほどから聞いておれば、無理じゃ無理じゃと繰り返すばかり。歳久殿、薩摩一の智謀の持ち主のそなたでも、良い方法を思いつかないのか!」
東郷甚右衛門が言い返す。
「忠辰様、失礼ながら、あなた様も先ほどから策を尋ねられるばかり、少しはご意見を述べられてはどうか!」
忠辰が、刀に手をかけて立ち上がった。
「地頭の分際で薩州家当主に意見するとは!そこへ直れ、成敗してくれる。」
甚右衛門も忠辰をにらみながら立ち上がった。
「わしは島津の家来じゃが、薩州家の家来になった憶えはない。」
「やめぬか!」
歳久が怒鳴った。
「われらは主従ではない。同じ志を持つ、同志じゃ。敵は強大、我らが仲たがいしておっては、逆立ちしても勝てぬぞ。」
「では、どうすればよいとお考えか?」
大友義統が尋ねた。歳久は腕を組んだまま言葉を発しない。
「策がないなら、集まるだけ無駄じゃ。わしは豊後へ帰らせてもらう。」
そう言うと、立ち上がって外へ向かおうと、義統が障子の前に立った時、いきなりそれがバンと開いた。びっくりした義統は尻餅をつく。
「おお国兼!」
歳久が叫んだ。国兼はそれに答えず、義統から目を離さずに言った。
「策ならござる。太閤が相手でも、必ず勝てる策がな。」
㈢
「敵の城を盗って籠城じゃと、そりゃ正気か!」
田尻但馬に続けて、その舅の荒尾嘉兵衛も言った。
「せっかくの五万の兵力を分散して籠城すれば、各個に撃破されてしまうのではないか。」
国兼は頷いた。その恐れはありうる。
「しかし、籠城した城同士が、右手と左手のように連携して動けば、各個に撃破される恐れは少なくなる。」
江上家種が聞いた。
「我ら全員籠城するということは、外からの援護なき籠城ということになるが、そんな籠城で、古今に勝った戦があるのか。時間がたてばたつほど、十重二十重に囲まれ、逃げ出すこともかなわず全滅するだけではないのかな。」
国兼はにこりとして言った。
「例ならばあり申す。」
「どこの誰じゃ!いい加減なことを言うな。」
退出を邪魔された義統が吠えた。国兼は静かにそちらを向いていった。
「楠木正成公にござる。」
義統は鼻で笑った。
「あれは鎌倉を攻めた新田義貞と、西国で裏切った足利尊氏の存在があったればこそじゃ。我らのほかに尊氏、義貞に当たる者がおるのか。」
国兼はゆっくりと答えた。
「おり申す。」
義統の声は高笑いに変わった。
「馬鹿を言うな!義貞はともかく、今の世に尊氏になぞらえられる者などおるものか。仮におるとしても……。」
「おるとしても、何でござるか。」
「いや、馬鹿な。そんなことはあり得ぬ。」
国兼は外の方を見て言った。
「もう一人、皆様にご紹介せねばならぬ方がござる。」
一人の若侍が中に入ってきた。
「お名前を。」
国兼が促し、若侍は一同に向けて平服した。
「お初にお目にかかります。拙者、内大臣徳川家康の家臣、秋山浩之進と申すものでござる。」
雷に打たれたような驚愕、その場の全員がそれを感じていた。
㈣
「五大老筆頭である徳川家が謀反に加担するというのか。にわかには信じられん。」
忠辰の言葉に歳久すら同感だった。
しかし、熊野護王の誓詞まであるのだ。信じないわけにはいかなかった。
「徳川五万が味方になる。縁故の大名まで入れれば十万を超えるじゃろう。
わが方十五万、敵は二十五万にまで減った。
やっと勝負になるというより、精強な徳川勢が味方になった以上、これで勝てる。
もう勝ったも同然じゃ。」
義統は、帰ろうとしていたのが嘘なくらい気合いこんでいる。
「先ほど但馬が言ったように、戦は数ではない。
どう戦うかが肝要。
国兼、徳川殿を味方として、どう戦うのじゃ。」
歳久の問いに、国兼は周囲を見回して言った。
「詳しい戦略を話す前に、ひとつだけ承諾いただきたいことがある。
わしを軍師として、わしの計略に従っていただく。
そうせぬなら勝利は望めぬからじゃ。」
忠辰が反発した。
「歳久殿ならまだしも、
なんで軍師の経験もないおぬしの言うことを聞かねばならん。」
浩之進が即座に言った。
「徳川は国兼殿と盟約しました。
国兼殿の策でないなら、徳川は手を引くことになり申す。」
こう言われては黙るしかない。国兼を軍師とすることは承認された。
「それで、国兼、敵の城を盗るとは、どこのことじゃ。」
国兼は扇子で地図を二か所指した。
佐敷城と熊本城
「まず、わしとどなたかの軍、千名ほどで佐敷城を攻略する。
攻略した城は、歳久様の手勢含めた四千で守る。
太閤は佐敷に大軍を送って乱を鎮めようとするはず、
特に、自らの城を盗られた加藤勢は躍起になる。
熊本城の守備兵を割いても佐敷を取り戻そうとするはずじゃ。
その隙をついて、菊池一族が熊本城を攻め盗り、
落とした後は、菊池一族二万で守る。
共に落城には数十万の兵がいるといわれた堅城、
太閤は東国の軍にも動員をかけざるを得なくなる。
東国兵までおびき寄せたとき、関東で家康殿が謀反の兵をあげる。
東国が不安になる以上、大名たちは引き上げざるを得ず、
また、朝鮮派兵どころではなくなるじゃろう。
そのころには、豊臣家の威信は地に落ち、
乱の鎮圧どころではなくなっているはずじゃ。」
忠辰が鼻を鳴らした。
「ふたつとも、加藤清正が縄張りした天下の名城、しかも佐敷は二千の兵が守る。半分の兵じゃと!数万でも落ちぬものを。」
「落とさねばならぬ。数十万の兵にも耐えうる
この二つの城なくして、この乱の成功はあり得ぬからじゃ。」
言いながら国兼の心は、はや佐敷へと飛んでた。
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