第23話 四条河原の阿国

(一)

 男は乱暴に書状が折りたたまれた紙を千切ると、中の書状を開いた。

平左衛門が、あっという顔をして言った。

「そ、それは、わが主人伊集院忠棟が石田三成様にあてた親書でござる!」

 ここは京の都、聚楽第近くの石田屋敷である。

 男は信書に目を通しながら、それが何かという顔で、ちらりと片目で平左衛門たちを見た。読み終わっていわく。

「つまり、この梅北国兼なる者に気をつけよ。そういうことでござるか。」

 そう言って、書状をポンと放った。

つられて、顔を真っ赤にして立ち上がろうとした蔵人を、休蔵が必死で抑える。


「まぁ、そういうことでござる。我らから仔細を詳しく申し上げたい。ぜひ、三成さまにお取次ぎを。」

 平左衛門が気持ちを抑えながら言った。その顔をしげしげ眺めていた男は、うっすらと笑いを浮かべて言った。

「無用でござる。」

「なんと!」


 三成と主人忠棟は友人だと聞いている。ましてや薩摩からわざわざ出てきたのだ。それなのに、この態度はなかろう。武勇が天下に鳴り響いているとはいえ、あまりに傲岸不遜な態度だ。主人の石田三成の「へいくわい(横柄)」ぶりは有名だが、家臣である島左近の横柄さも相当なものだ。

「訳を教えてくだされ。このままでは、われわれ主人のもとに帰れませぬ。」

 休蔵が蔵人を抑えながら言った。

「薩摩の一地頭が太閤殿下にお目通りなどかなわぬこと、子供でも分かるはず。強引に近づこうとしても、我ら天下の豪傑がお守りしておる。防備は完璧じゃ、何の心配もない。つまり、特別なことは何もいらぬということじゃ。」


 平左衛門が頭を振った。

「なめすぎでござる。左近殿はあやつをご存じない。今までも、信じられぬような奇跡的なことをさんざんやってきた男ですぞ。家来にも一騎当千の侍がそろって居る。悪いことは申しませぬ。ぜひ、石田様にお取次ぎを。」

 聞いていた左近がカラカラと笑った。

「いや失礼、薩摩の方は世間をご存じない。我々もそう呼ばれることがあるが、薩摩の一騎当千とは、どのくらいの強さを言うのでござろう。我々が薩摩に行けば、そうでござるな。万夫不当ということになるのではござらぬかな。」


 休蔵が跳ね飛ばされた。野獣となった蔵人が吼えた。

「さっきから黙って聞いておれば言いたい放題!島左近がなんぼのものじゃ。薩摩の一騎当千とはどんなもんか、おい(俺)が教えてくるっ!」

 そう言うと、平左衛門が止める暇もなく、左近に飛びかかった。

勝負は本当にあっという間についた。

座ったまま動かぬように見えた左近が、いつの間にか蔵人を抱きとめている。

「あっ、がっ。」

 左近の拳をくらった蔵人が、腹を押さえて転げまわった。


左近はにやりと笑うと、立ち上がりながら言った。

「大事ない。加減したので、内臓は破れてはおらんじゃろ。薩摩の一騎当千、確かに見せてもらった。お引き取り下され。」

くるりと踵を返す左近の背中に、平左衛門が叫んだ。

「我らには悔しいことじゃが。……薩摩を、梅北国兼を舐めないことじゃ。こんなものではない。こんなものではないぞ!」


(二)

 京に入った国兼たちは、まず秀吉の情報を集めた。警護が厳重で、大阪城のように公式の施設でなく、秀吉の私邸である聚楽第には、正面から太閤に拝謁できる方法もなく、忍び込むことなどとても無理だった。こうなったら、秀吉が外出した際に、強引にでも面談するしかない。

 秀吉はしばしば北野や清水に詣で、不定期に外で宴や茶会を催すらしい。朝鮮出兵で忙しいはずだが、事務的なことは五大老五奉行に任せ、太閤本人の遊蕩三昧は変わっていないらしい。狙いは茶会などに出かけた時だが、常に千人を超える供回りが付き添い、世に聞こえた豪傑たちが警護している。秀吉に近づくのはおろか、その姿を見るのすら困難に思われた。


「大切なのは、朝鮮出兵についての太閤の心底を確かめること。命を懸けるのはここではない。安全に、かつ太閤とじかに話す。難しい話じゃ。」

 伏見稲荷の近くの森で、木の株に腰かけ、喜内たちの顔を見ながら国兼が言う。

「太閤の周りの侍どもを引き離す算段が必要でござる。太閤と話してしまえば、大物ぶりの秀吉のこと、決して殿の命を奪うようなことはありますまい。」

 喜内言いながら思った。次右衛門がいれば、目くらましの術で太閤の周囲を引き離すことは可能だったろうに、ここに来てしかたないが、薩摩に置いてきたこと、返す返すも残念なことじゃ。うん?目くらまし?


「鈴よ。お主、目くらましの術はつかえぬのか?」

「10人くらいが相手なら、つかえなくはないけど。」

喜内は手をたたいた。全く手がないではない、周囲十名くらいの目なら眩ませる。あとは残りの九百九十名をどう引き離すかだ。

「それなら、わしに考えがある。な、忠助。」

半左エ門が忠助に目配せした。忠助は何が何だかわからないという顔をしたが、その場ののりで、うんうんと頷いて見せた。

そのとき、森の中へ甚兵衛が走りこんできた。

「秀吉が動くぞ。明日、淀の方を連れて清水寺へ参詣に行くらしい。」

一同に緊張が走った。

「喜内、京の町の地図はあるか?」

国兼の問いに、頷いた喜内は洛内地図を広げた。

「御所の西に位置するここが聚楽第、清水寺は洛中の東南、五条大橋を渡り、鴨川を越えた丘の上でござる。おそらく共ぞろえ千名の太閤一行は、前もそうであったように、二条、烏丸と大きな通りを行き、五条通を抜けて清水寺へ向かうものと思われます。」

国兼は半左エ門を見て言った。

「どこでしかける。」

半左エ門は、にこりと微笑むと地図の一点を指した。

「ここしかござらん。太閤を一団から切り離せるとすれば。」


(三)

 まるで、きらびやかな平安絵巻を見ているようだった。いかめしい武者揃えと異なり、太閤の行列は男も女も華やかに着飾り、先導する奴が花びらを巻きながら進むので、見ている老若男女全てが、甘い夢の中にいるような気持になった。この演出も、太閤人気を支えているひとつだった。特に、裏で帝のご落胤という噂を流している関係で、演出は以前よりずっと華美になっていた。落し胤の噂に、日ごろ嫌悪の情を明らかにしている口うるさい京雀たちも、今日ばかりは、華々しい空気に溺れて、歓声を上げていた。

「わぁ、やっぱり戦国一の美女と言われた方の娘はん。淀の方様きれいやわー。」

「どこどこ、ほんまや。太閤はんも、よう見ると凛々しおすなぁ。」

 秀吉と淀の方は、十人の猛者が持ち上げる、天蓋と南蛮の椅子を備え付けた輿に乗り、見送る沿道の人々に和やかに手を振っている。

 騎馬で随行する侍が百名、徒歩で付き従うもの六百名、女官が二百名、小物百名で合計千名の大行列である。侍たちは平装で、武器は大小のみだが、変事があれば、すぐ聚楽第から五千の兵が駆けつける手はずが整っていた。

 一行には石田三成、増田長盛、長束正家ら五奉行が参加し、島左近、蒲生郷舎などの猛者が警護を固め、二条、烏丸、五条と予定の順路を進んでいった。


 途中、観客が多いと見るや、秀吉は椅子から立ち上がり、懐中の袋から砂金を掴んでは通りに巻いた。人々が砂金に群がるのを見て、満足げに高笑いしている。

 淀の方は、つまらなそうに、何やら菓子を食べていたが、口に合わなかったらしく、一齧りしたそれを通りに放り投げた。子供が群がって菓子を奪い合う姿を、扇で口を隠しながら嗤って見ている。


 通りで、太閤を見つめる五郎丸の手がぶるぶる震えている。

「どう、憧れの殿下は?」

鈴は、五郎丸が感動のあまり震えているのかと思った。

「最悪だ。」

五郎丸は落胆を隠さなかった。

「どうして?なかなか煌びやかで、猿と言われているのが嘘のように、天下人の迫力満点じゃない。」

鈴の問いに五郎丸は首を振った。

「あの砂金は何だ。元々、百姓が丹精込めた米だろう。みんな税に苦しみながら、食べたいものも我慢して暮らしているのに、何の権利があって道に巻けるんだ。それに、あの菓子!鈴も見ただろう。源太たちは野草の汁で暮らしているのに、税を取り立てた側が、なんで食べ物を粗末にできるんだ。」

そう言うと、そのままぷいと五条大橋のほうへ走って行ってしまった。

五郎丸は怒っていた。あまりの剣幕に、鈴は言葉を失った。


(四)

 太閤の行列は大橋を通り五条通へと入った。清水寺へはまっすぐ進んで五条坂を通り、右に曲がって茶碗坂を行くのが歩きやすい経路である。行列も、その通り静々と進んでいくつもりであった。ところが、五条通りの入り口に差し掛かってきたとき、どこからか、気分が沸き立つような太鼓の調べが聞こえてきた。聞き入っていた伴回りも踊りだしそうな心地よい調べ、秀吉も淀もつられて踊りださんばかりだ。

「あの太鼓、どこから聞こえるか、何者が叩いておるか調べてまいれ。」

輿を止めた太閤が小者たちに指示した。

四方に散った小者たちは、しばらくして帰ってきた。どうやら太鼓は、多寶山の寶報寺の境内で打たれているらしい。旅の名人が住職に頼み込んで寶報寺に代々伝わる太鼓の試し打ちをしているとの事、太鼓を聞きつけた五条の住民が、どんどん集まっているらしい。

「佐吉、多寶山の方からも、確か清水寺へ登れたの。」

秀吉は、激しく興味を惹かれたようだ。淀も同様である。

「はは、古からの小道がございます。ただ、この人数で通るには不向きかと。」

三成は暗に回り道を拒絶した。この時勢、何が起こるかわからない。

「よし!決めた。心効きたるもの、五十名だけ連れて多寶山から回るぞ。後の連中は、茶碗坂から向かえ。」

「はは!」

言い出したら聞く耳は持たない。昔から秀吉はそうで、逆らうだけ時間の無駄だった。三成は自分と増田、長束の側近たち、輿を担ぐ十名と左近ら二十名の猛者に、数名の女官、小者を選抜した。


 多寶山へと向かう旧道は森林の中にあり、見通しが悪い上に脇道も多い。一つ道を間違うと、とんでもないところに出てしまう。太閤殿下を害しようとする者が潜んでいるやも知れぬ。三成は左近らに十二分の注意を指示した。太閤と淀の乗る輿を真ん中に挟んで、最前列を島左近が、最後列を蒲生郷舎が警戒しながら進んだ。

 山道は進めば進むほど急になり、急勾配を避けるためか曲がりくねって、見通しはなおさら悪くなっていく。師走でも汗が噴き出た。足弱の女官たちは、かしましく悲鳴を上げ始めた。

 先頭を行く左近は、女の甘え声に辟易しながら黙って登って行った。下から眺めたより、山は険しくなかなか寶報寺が見えてこない。後ろをついてくる女官どもも疲れたのか静かになったようだ。気のせいか、だんだん坂が緩やかになってきたよう、いや、これは下っているのではないか。どうやら、いつの間にか道を間違えていたらしい。後ろに報せようと振り返ったが、先行していた侍十名と数人の小者のほかは姿が見えない。坂を逆に駆け上がったが、それほど時間がたったわけでもないのに後続の姿は消えていた。

 「しまった!」

 左近はいつの間にか謀られていたことに気付いた。


 そのころ、後方を行く蒲生郷舎も焦っていた。曲がり角で先行する一団を見失ったのだ。見失ってそれほど時間がたたないのに、血眼になって周辺を探すが見つからない。よもや、何かの謀か。護衛の猛者二十名の半分は郷舎とともにおり、残り十名は最前方で左近が率いている。つまり、真ん中の輿を守るのは三成たち官僚のみである。

 もし、左近が一緒ならいいが、そうでないときは。

 額を油汗がつーと流れた。


(五)

 「止まれ!おかしい。」

 三成が叫んだ。

 行列は山の中腹の広場に出た。こんなところは寶報寺に向かう道になかったはずだ。しかも、先ほどから先行する左近、後ろを守る郷舎の姿が見えない、というより忽然と消えてしまった。三成は増田長盛と顔を見合わせた。ただならぬ雰囲気に女官たちが騒ぎ出す。

 「うるさい!黙らぬか。」

 女官たちを一括すると、三成は小者たちに周囲をあたらせた。どうやら多寶山の奥深く迷い込んでしまったようだが、どうして?足弱の女官たちを連れて、まだいくらも登っていないはずだ。そのとき、がさがさと右の茂みが揺れ、槍を手にした長身の侍がゆらりと現れた。ほぼ同時に、左からは腰の左右に二刀をさした小柄な侍が、道の後方からは商人らしい格好の大男が現れた。

 謀られたか。三成と長盛は、輿を守って刀に手をかけた。

そのとき、前方から痩せこけた白馬に跨り、巨大な槍を抱えた太った大男を伴に連れた老武士が歩み来た。輿の前に来ると、馬を降り片膝をついて平伏する。

「何者か!このように天下人を謀って、無事で済むと思っておらんだろうな。」

長盛が怒声をあげた。老武士はひるむ様子もなく言った。

「手前は梅北国兼と申すもの。このたびの朝鮮出兵に関し、殿下にどうしてもお尋ねしたいことあり、まかり越し申した。無礼の段は、後でどのような咎めでも受ける故、平にご容赦を。」

「一介の侍ごときと、天下のことを語る殿下ではあられぬ。下がりおろう。」

 三成の一喝を、国兼は聞こえてもいないように涼しい顔をしている。輿に向かって今一度、深々と頭を下げた。

「なにとぞなにとぞ、この老骨の願い、お聞き届けくだされ。」

再三の国兼の願いを、聞いているのかいないのか、輿からは何の言葉もない。

そのとき、後方からダダダと複数の足音が響いてきた。

「殿!」

走りながら、刀を抜き放つといきなり喜内に斬り付ける。丸腰の喜内は、その鋭い一撃をすんでのところで躱した。

男は喜内を振り返りもせず、一目散に輿へと走る。

「左近!」

三成が叫んだ。続いて広場に郷舎らもなだれ込む。

「不埒もの!」

左近は問答無用で平服を続ける国兼に斬りかかった。

がきっ!

鈍い音とともに左近の刀、名刀正宗が止まった。

小柄な男が二刀を交差させて受け止めている。

「小癪な!」

力をこめる左近は、逆に小柄な男に弾き返された。

「ほう。」

左近は改めて相手を見た。背は低いが全身ばねの様な動き、筋骨隆々とした無駄のない体躯。刀は脇差か?今時珍しい短い直刀を左右の手に持って腰を落としている。

一目でわかる。こやつ強い。それも尋常な腕ではない。

出来れば、得意の槍がほしいところだが

「面白い。」

左近は正宗を正眼に構えた。


(六)

 そのころ郷舎も、思わぬ強敵に遭遇していた。ゆらりと、ゆったり見える動きと逆に、凄まじい速さで変幻自在に繰り出される槍、歴戦の猛者でも、戦ったことのない槍の名手。もっと歯がゆいことは、この敵、わが身に何度も入れる突きは、全て石突き側によるもののことだ。刀でいえばみねうちである。穂先で突かれていれば三回は死んでいるはず、この敵、まともに戦う気があるのか。

 後方では、喜内によって残りの猛者たちが、まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げ、散々な有様である。何者だこやつら。腕が確かな猛者ばかり揃えたというのに。もしや、人の形を借りた化け物ではないのか?


 左近は戦いで生まれて初めて冷や汗を流した。まるで打ち込めない。気合を込めた一撃は、すべて二刀にあしらう様に弾かれる。連撃を繰り出しても、まるで水を斬ったように、手ごたえがない。いや、速く繰り出せば繰り出すほど、まるで激流に翻弄される木の葉のように体が泳がされる。今まで出会ったことのない強敵。大した腕だ。しかし、こやつ、これほどの腕でなぜ打ち込んでこない。謀の目的が、殿下のお命であるなら、こやつらほどの力であれば、とっくに達成しているはず。どうして、わざわざ時間をかけるような戦いをするのだ。そうか!

「よく見よ!お主らの目の前にいるのは、本当に殿下か!」


 左近の叫びに、もうばらしてしまうのかと三成が慌てた。

 国兼が顔を上げる。違う。太閤も、淀の方も。いつの間に。

太閤が座っていた場所には長束正家が、淀の方の場所には女官が座っていた。

「あの太鼓、わしがあやしまぬとでも思うたか。」

太閤の説得は大変だったが良かった。

三成の言葉に、国兼が立ち上がりながら言った。

「やられたの。さすがは豊家一の知恵者、わしの負けじゃ。」


「お主らを捕縛する。おとなしくせよ。」

三成が表情を変えずに言った。

「捕縛?この状況でか?」

ニィと国兼は笑った。

どう見ても、捕縛されるのは三成の側であろう。


「三成殿、それよりも聞かせてくれ。お主らは本気で朝鮮や明を攻め取る気か?」

「お主に応えてやる義務は無い。ただこれだけは言おう。殿下のお望みとあらば、わしは何でもやる。正義がそこにあるからだ。」

「どんな非道でも正義か。」

「天下人がすることが正義だ。わしは信じておる。」

国兼は、フフンと笑った。

「密かに、そう密かに。小西行長殿や壱岐対馬の宗義智らと謀って、戦う前から、明、朝鮮と和睦の動きがあるとの噂があるが。」

「知らぬ。どこで聞いた。」

眉一つ動かさない。三成も大したものであった。


「今回はやられた。出直すとしよう。」

 そう言うと国兼は襤褸に跨り、猪三を従えて、ゆっくりと、もと来た道を引き返していった。喜内、甚兵衛、半左エ門が後に続く。

「追え!捕らえよ。」

命じて三成は驚いた。左近、郷舎をはじめ、歴戦の猛者たちが地面に座り込み、肩で息をしている。とても追いかけられる状況ではなかった。


「世間は広いのぉ。左近、わしはまだまだ未熟と知ったぞ。」

単純素朴な性質の郷舎が、青空を見上げて言った。

左近はぎりぎりと唇をかみしめながら、先日会った薩摩の田舎者の言葉を思い出していた。

梅北国兼を舐めてはならぬ。

こんなものではない、こんなものではないぞ。


(七)

「してやられましたな。あの「へいくわい者」に。」

心地よい鴨川の風に吹かれ、久しぶりの戦闘を楽しんだ喜内が、どこか楽しそうに話しかけてくる。

「これで太閤の外出は厳重さを増すでしょう。しばらく取りやめになるかもしれない。どうなされますか。」

半左エ門が言うが、すぐには手を考え付かない。どうしたものか。


 考え込む国兼一行の前にひとりの娘が立ち塞がった。

 天女が舞い降りたか、この世のものとも思えぬ立ち姿に、五郎丸と猪三、忠助が目を見張った。


 紅葉を基調とした黄色の小袖を着て、女性には珍しい、すらりとした長身。色白ではあるが、適度に肉の付いた躍動的な体、大きな美しい目をくりくりとさせ、興味深げにじろじろと、黙って一行を眺めまわしている。うら若い美しい女性の、遠慮なく不躾にも見えるその様に、国兼をはじめ、みな呆気にとられている。


 「へぇー、思ったより年寄りだねぇ。あんたが梅北国兼かい。」

無礼にも思える口ぶりだが、不思議とこの娘が言うと気にならない。続けて娘は忠助と鈴をじろじろ見て言った。

「おっ、この禿が神の太鼓の叩き手だね。思ったより小さいねぇ。こっちは、狐ちゃんか。可愛く化けたね。」

 さすがに忠助が顔を真っ赤にして怒った。

「なんだお前!いきなりやって来て、年寄りだの禿だの。どこの娘だ。失礼だろう!」

 娘は舌をペロッとだして笑った。

「ごめんごめん。夢中になると周りが見えなくなるのは、あたいの悪い癖。失礼いたしました。」

「お主、名は?なぜわしらのことを、そんなに知っておる。」

馬上からの国兼の問いに、娘は豊満な胸を張って答えた。

「あたいは阿国、人呼んで出雲の阿国。この四条河原で、歌舞伎踊りの小屋を張っている者さ。まずは礼を言うよ。仲間が世話になった。あたいも、傀儡の一族さ。」

なるほど、国兼一行は納得した。

「あたいは、あんたたちに恩返しをするために来たんだ。秀吉に会いたいんだろう。あたいに良い考えがあるよ。のるかい?」

出雲の阿国は、その黒い大きな瞳をキラキラと輝かせた。

 








 

 










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