第27話 まつろわぬ者たちの王
㈠
国兼は洞穴の中で目覚めた。壁から水が浸みだし、岩肌がところどころ苔むしている。微かに光がさす方が入口だろうか。
奥の方から、ぱちぱちと火がはぜるような音がする。
「気が付かれたか。」
洞窟の中に、低い重い声が反響した。
まるで頭の中に直接響くような声、声の方向、洞窟の奥を見た。
覚めたばかりで目がかすむ、
炎に照らされ、ぼんやりと現れた姿は異様なものだった。
立ち上がれば十尺はあるだろう巨大な体躯、赤い顔、高く長い鼻、
山伏の格好をして背中には羽のようなものも見える。
「天狗?」
強烈な頭痛が襲ってきた。額を押さえて頭を振る。
「無理は禁物じゃ。まだ空間転移の後遺症が残っておる。
それでも、他の者より回復がだいぶ遅い。
長年の降魔の槍の使用で、実はお主の身体は、ぼろぼろじゃな。
しかも、不治の病まで抱えておる。」
国兼は己のせり出した腹を見た。脂肪によるものではない。
胃の腑が腫れて硬くなっている、いわいる亀腹というやつで末期の胃癌だった。
このことは次右衛門しか知らない。
残る命は長くてあと一年、死ぬ前にやるべきことはまだまだあった。
「おお、気づかれましたか。」
喜内と猪三が入ってきた。他の者の姿は見えない。
「五郎丸たちは?」
喜内は首を横に振った。
「大がかりな空間転移で座標がずれた。ここに来たのはお主とそこの二人、
あとは馬と、亡くなった親子の遺体だけじゃ。」
奥の天狗?が言った。
「心配はいらぬ。我が配下が探しておる。ずれたと言っても、
大坂の周辺におることは間違いない。」
国兼は礼と共に、天狗?に初めて聞いた。
「あいすまぬ、世話になったようじゃ。ところで、お主は?」
天狗?は立ち上がり、巨大な体躯をかがめながら近づいてきた。
国兼の前に座ると深々と平伏する。
「挨拶が遅れ申した。
ここは近江と大和の境の山中。
わしはこの国の傀儡の束ねにて、
甲賀忍者衆の頭領”百地三太夫”でござる。」
㈡
「ここはどこだよ、忠助さん!」
高い草を掻き分け乍ら、五郎丸がイライラして言う。
「どこかの山中なのは間違いないがの。」
忠助の声は呑気に響いた。
「そんなに怒っちゃだめ!忠助さんだってわけがわかんないよー。」
鈴が五郎丸をたしなめた。
「いったい何があったんだ。国兼さまはどこへ行ったんだ!」
木々の上に覗く空に向かって叫んだ。
そのころ、半左エ門は寺の僧房で目覚めていた。
「おお!目を覚ましたか!」
聞き覚えのある声が響き、頭がガンガンした。
「びっくりしたぞ、久しぶりに訪ねた師の寺で、お主が山門の所で倒れておったときは。なんぞあったのか?」
駆け寄った男は僧ではない、顔中傷だらけ、髭もじゃの侍だった。
「もう少し小さい声で話せ。お主の声は頭に響く。」
半左エ門の注文に、兄弟弟子は大声でガハハと笑った。
「あいかわらずじゃの才蔵。ということは、ここは興福寺、大和国か?」
「なんじゃ、知らずに倒れておったか。」
可児才蔵は、いっそう大声で笑った。
甚兵衛は岸辺でぜえぜえ息をしていた。
「なぜじゃ、なぜ泳げぬわしが川の中にいる。危うく死ぬところじゃ。」
そう言って周りを見回した。
どこかわからない、どこかの山の中の様だ。
それもかなり深い。
みんなはどこだ。探さねば!甚兵衛は、よろよろと立ち上がった。
㈢
「寺だ!寺!」
木々の向こうに大きな屋根が見えた。
五郎丸の声が弾む。山中を一刻あまり探し回って、やっと人のいる可能性のある場所にたどり着いた。走って向かう。忠助と鈴も後をついて走った。とにかく、腹が減った。握り飯のひとつでも、恵んでもらえたらありがたい。
「!」
山門をくぐった五郎丸は驚いた。本堂は焼け落ちている。僧房などほかの建物も、すっかり焼けて人の姿はない。随分前に焼き討ちに会った寺の様だ。
追いついてきた忠助、鈴も落胆を隠せない。
「でも、寺があるってことは人里が近いよ。」
鈴の言葉に五郎丸は頷いた。そのとき
「しーっ!誰かおる。」
忠助が、思わず口に指をつけたのは、この男の勘が鋭いためだ。この勘の鋭さも、たいした腕前も無く戦場で生き残ってこれた理由の一つだ。
五郎丸たちは、壁の端からそーっと気配の方を覗きこんだ。
「あいつは!」
五郎丸が小さく叫ぶ。鈴がその口を手で押えた。忠助の背中を冷たい汗がスーッと流れ落ちて言った。よりによって、この面子しかいない時に嫌な奴に会った。
「実はわしは、お主が降魔の槍を持ったころから、ずっとお主の動静を見ておった。」
その言葉が本当なら、百地三太夫は、三十数年来国兼を見張っていたことになる。
「見ておったのは単純に興味じゃ。数千年以来の降魔の槍の持ち主、使いようによっては、国ひとつ容易に滅ぼせるこの槍をどう使うのか。」
国兼は頭を振った。
「わしがなぜ持ち主に選ばれたか分からん。じゃが、槍も後悔しておるのではないか。数匹の化け物を倒したくらいで、伝説の槍に相応しいことを何もしておらぬ。太閤に言われて思い知ったのじゃ。わしの半生は、薩摩の一部将にしか過ぎなかった。伝説の槍の持ち腐れよ。」
今度は三太夫が頭を振った。
「悲観には及ばぬ。人にはそれぞれ役割がある。天下を治めることのみが立派ではない。家族を育て、作物を作り、人の役に立つ。どれ一つ欠けても世の中は成り立たぬ。何をしたから偉いとかは無いのじゃ。天から与えられた役目を、誠実に務めることこそ肝要。」
国兼は顔を上げた。
「教えてくれ。わしの天命とは何じゃ。わしにはもう時間が無い。残りの生、降魔の槍の持ち主としてどう生きればよい?」
三太夫は国兼をじっと見て言った。
「天命は己で気づくもの、他人は何も教えられぬ。知っているなら教えたいものじゃ、お主には長年いろいろ迷惑をかけておる。」
迷惑?何のことだ。国兼の顔を見て三太夫は言った。
「実は、長年お主に敵対してきた覇王太夫。あれはわしの倅、邪鬼丸じゃ。」
㈣
焼け落ちた伽藍の真ん中に、山伏の格好をして頭巾をかぶった男がいる。
「覇王太夫め、ここで何を。」
覇王太夫は一心に呪文を唱えている。五郎丸たちに気づいた様子はない。
伽藍のあちこちから、黒い煙のようなものが湧き出し、覇王太夫を包んだ。
呪文が終わった覇王太夫がにこりと笑った。
「織田信長に焼き殺されし老若男女の怨霊どもよ。我が体に入り、我が力となれぃ。」
そう言うと、おもむろに頭巾をとって、ふっと腹を膨らまし、あたりの黒い霧を吸い込みだした。霧は人の叫びのような嫌な音を立てながら、覇王太夫の腹に入っていく。
「ああ、もうお腹一杯!食べたら美容のため運動しなくっちゃ!ちょうどいい遊び相手もいるしね。」
霧をすべて吸い込み終わった覇王太夫はそう言って、こちらを見た。
「おお太鼓叩き!壇ノ浦ではえらい世話になったね。それに百姓の子に狐か。食後の腹ごなしには、ちょうど良いねえ。」
すっと覇王太夫の姿が消えた。気配を感じて後ろを振り向くと、半分焼けただれた顔が笑っている。五郎丸は感じたことのない恐怖を感じた。
「うわーっ。」
自然と叫びが出た。森へ向かって一目散に逃げだす。鈴と忠助も悲鳴を上げながら後に続いた。後ろから覇王太夫の哄笑が追いかけてきた。
「我々は長命族と呼ばれた一族の末裔にござる。
かって、この星が洪水に沈んだとき、先祖の野依が巨大な船を作り、一族とともに、あらゆる種の雌雄、科学知識のほとんどを保護しもうした。
野依たちは洪水後の環境に対応するために研究を重ね、人と動物の遺伝子を掛け合わすことに成功したのでござる。
研究は副産物を生みました。特殊な超能力を持つ人や動物が生まれたのです。
そして洪水が引いたとき、野依は死に絶えたと思っていた人間が生き残っていたことを発見します。
長命族は喜び、生き残った人と共に生活しようとしますが、特殊な力や科学を持つ長命族を生き残りの人は忌み嫌い、化け物として駆逐しようとしました。長命族は争いを好まぬ民族、次第に争いを避け、山野に隠れ住むようになったのです。」
国兼は困って言った。
「すまぬ。話が難しすぎて、わしの頭には全ては理解ができぬ。凄い学問があったとすると、降魔の槍は、お主らの先祖が作ったものか?」
三太夫は首を横に振った。
「わしの知る限り、もっとずうっと前から存在したものです。今は海に沈んだ、大海に浮かぶ孤島の、超文明が作ったらしいということしか分かりませぬ。」
よくわからない。国兼は理解できることのみ聞こうと思った。
「薩摩の吉野狐など化け物も、長命族が作ったものか。」
三太夫は再び首を横に振った。
「化け物と呼ばれるもの、全て出自が同じというわけではありません。ものには全て霊が宿りますが、それが実体化したものやら、神と呼ばれる高次の存在もあります。また他の星から飛来したものも。」
㈤
覇王太夫は、猫が鼠を弄ぶように、逃げ回る五郎丸たちの前に、消えては現れ、あらゆる方法で脅かし続けた。
「ちくしょう!だんだん腹が立ってきたなぁ。何か手はないのか鈴!」
走りながら五郎丸が言う。
「たまには自分の頭で考えてごらんよ!いつもいつも、鈴、鈴ってさぁ!」
鈴が怒って言い返した。
「すまんなぁ、こういうときわしは何の役にも立たん。」
隣でせえせえ言いながら忠助が言った。五郎丸たちは、いつの間にか崖の下まで追い込まれていた。
笑いながら、宙に浮いた覇王太夫が現れる。
「笑った、笑った。もう飽きちゃった。さて、ここで終わりにしようかねぇ。まずは百姓の子!いろいろ邪魔してくれたからねぇ、楽には殺さない。十分苦しませて殺してやるよ。カラスどもに突き殺さすのがいいかねえ、それとも、周囲の空気を奪ってじわじわ窒息させようか。その次は狐!そして太鼓叩きだ。お前は特に念入りに殺してやるよ。安心おし、お前らの首は、あの爺に送ってやるから。何もできない降魔の槍の使い手様、めいっぱい苦しむがいい。」
「倅は、元々あのように拗けた性格では無かったのです。
しかし、長命族にしては何の能力も持たずに生まれ、一族の中で疎外感を感じて、あるとき村へと降りていきました。
その名の通り、われらの寿命は長い。短いものでも五百年は生き申す。他の人とは明らかに違うのです。
村の中でも化け物扱いされた倅は、次第に人そのものを激しく憎むようになりました。もともと優秀な頭脳をしていた倅は魔道に嵌り、妖力という様々な力を身に着けました。性格も完全にねじ曲がり、いつしかこの世を地獄に変えるという狂気の夢を抱くようになったのです。
お願いですじゃ、倅を止めてくだされ、わしはある呪いを防ぐため、この洞穴の中に自らを封印し、外には出られぬ身。ここから、遠視や空間転移などの術を使えるのみなのです。」
国兼は頷きながら聞いた。
「この世を地獄に変えるとは、具体的にどういう方法を使おうというのじゃ。」
三太夫は目を閉じた。
「よくはわかり申さん。しかし、巨大な怨霊を呼び起こそうとしておるらしいことは分かります。」
「よし決めた!まずはカラスに食い殺させるとしよう。」
そう言いながら、覇王太夫は懐から護符を取り出し宙に投げた。変化した数十羽のカラスが五郎丸めがけて突っ込んでいく。五郎丸はあとずさり、崖に背中を付けた。鈴と忠助が庇うように前に立つ。そのとき
ゴロゴロゴロゴロ
崖の上から、何かが転がり落ちてきた。
㈥
「あ痛た、あ痛た。失敗したわい。」
転がり落ちてきた男が、尻をさすりながら立ち上がった。
「うん?何か踏んだか?」
男の尻の下には、たくさんの護符が落ちている。
「お前は。」
忠助が指をさしている。五郎丸も鈴も、あっという顔をした。
「邪魔してくれたねー。しゃらくさい、ちょいちょい目障りな、お前から片付けてやるよ。」
覇王太夫が怒りをあらわにしている。
「なんだ?あいつ何を怒っているんだ?」
突然現れた薬丸伴左衛門が不思議がった。
「あいつ悪者だ!助けておくれよ!」
五郎丸が叫ぶ。
「そうか悪者か!わかった。天下の剣豪、薬丸伴左衛門様が退治してくれる。」
肩に二本差した刀の一本を引き抜いて構える。この男は超単純だ。しかし、こういうときは助かった。
「天下の剣豪様かい!面白いねえ。遊んであげようじゃないか。」
そう言うと覇王太夫は空中から溶けるように消えた。
しゅっ
あらぬ方向から苦無が飛んでくる。
それを、伴左衛門はガキッと刀で打ち落とした。
また苦無、わけなく打ち落とす。
2,3度その応酬が続いた。
「お前、見えているのかい。」
どこに動いても、伴左衛門の目がついてくるのに気付いた覇王太夫が言った。
「滅茶苦茶な奴だね。こっちは高速移動しているんじゃない、空間を跳躍しているんだよ!」
空間跳躍を連続しても、正確に目がついてくる。もしかして、こやつ能力者か?覇王太夫は背筋が寒くなった。
「わしは昔から目がいいんじゃ!」
伴左衛門が威張って言う。
「そんな問題じゃないんだけどねえ。それじゃ、これはどうだい。」
覇王太夫は、刀を抜き放つと伴左衛門の前に立った。
出足鋭く、伴左衛門が袈裟懸けに斬りつける。覇王太夫の体が、あっさり肩から真っ二つになった。
「やった!」
五郎丸たちは一瞬喜んだが、真っ二つになった覇王太夫の顔が、にやりと笑うのを見てしまった。二つになった体が、みるみる元に戻る。
「ヒヒヒ、どうだい。恐ろしいかい。」
覇王太夫は笑った。しかし、とうの伴左衛門は全く怯まなかった。
「こいつ、鈍感なのかい。それとも怖いものがないのか。」
吠える覇王太夫を尻目に、伴左衛門は何事かぶつぶつ呟いている。
「しかたない、試してみるか。」
そう聞こえた。刀を鞘に納め、もう一本を抜き放つ、刃が雨に打たれたように濡れて光る不思議な刀だ。
「なんだい、その刀。」
有無を言わさず、伴左衛門が斬りつけた。今度は先ほどよりスパッと斬れたように見える。
「何度やっても一緒だよ、ほら、……あれ、あれ!」
復元しない、二つになったままだ。
「何をやったー!それ、普通の刀じゃないね!」
伴左衛門は、覇王太夫の声が耳に入らない様子で魅入られたように刀を見つめている。
「ちくしょう、ここは引くしかないようだ。憶えているんだね、そこのちび侍も!」
覇王太夫が消えても、伴左衛門は刀を眺めたままだ。忠助が、後ろから肩をポンポンとたたくと、はっとしたように我に返った。
「やはり違うな村正は!大枚はたいた甲斐があった。おっと、刀のことばかり考えると、また足を踏み外すの。」
礼を言おうとする五郎丸たちを残して、伴左衛門はぶつぶつ独り言を言いながら、どこかへ行ってしまった。
「変わった人ねえ」
鈴が呆れたように言った。
㈦
「もうひとつ、是非とものお願いがあり申す。」
三太夫が畏まっていった。
「われら長命族の末裔が多い傀儡のことですじゃ。今、太閤によって、傀儡が迫害されているのはご存知の通り、そればかりか、大陸を攻める兵員や労働者にするため傀儡狩りまで行われる始末、傀儡は自由の民、まつろわぬ者として代々の帝にも認められてきたというのに、太閤は大和の昔のように、再び傀儡を圧迫しようとしております。そして、あなた様はその太閤と戦おうとなされておる。」
三太夫の言葉に力がこもった。
「傀儡一族は、ときの政府から圧迫を受けたとき、やむを得ずですが、しばしば戦ってまいりました。傀儡ならざる者を王に仰いで、協力して戦ったこともございます。それは例えば平将門公ですじゃ。あなたさまが、降魔の槍の持ち主として、太閤相手に戦われるならば、傀儡の一族もぜひご一緒させていただきたい。様々な能力を持った者たち、各地に併せて一万はおりまする。いや、ぜひとも、将門公のように、一万の傀儡の王に、まつろわぬ者どもの王になってくだされ。」
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