第8話 その7

『くそっ、セルビアの正規兵だ! まずいぞ、このままじゃ離脱できん!』


 よりにもよって離脱直前の無防備な瞬間に現れた敵兵。おかげでヘリは釘づけにされ、身動きが取れなくなっている。SEALSの隊員たちが果敢に反撃しているようだが、時間が経てば経つほどこちらが不利だ。どうにか形勢を変えなければ不味いことになる。


『ウィーゼル、スターゲイザー! 至近目標確認ポップアップグループ基準点真方位ブルズアイ四五/三〇、高度三〇、二機で構成二コンタクト横方向に展開ラインアブレスト、フランカー、敵性存在バンディット!』

 

悪い事というのは仲間を呼ぶもので、早期警戒機は敵の戦闘機が最悪のタイミングで現れた事を報告する。勇が大きく舌打ちすると、それを見計らったように電子戦システムTEWSが探知警報を発した。表示は――「N35」。勇は脊髄から頭にぞくりと痺れが通るのを感じる。N35、イールビスEレーダーを装備したフランカーが二機。間違いない。地中海で勇と戦い、さんざん手玉に取られた、あのSu‐27SM2だ。


『くそ……やっこさん、形振り構ってられないようだな』


 ウィーゼル二三の言う通り、もはや敵側は『政治的影響』などという紙の上の正しさを追い求めるだけの余裕を失っているらしい。しかしそれだけに、投入された『親玉』の高性能部隊は切り札としての効果を如何無く発揮していた。地上のヘリが足止めを食らっている間にフランカーは着々と距離を詰め、飛び立った途端にその長射程ミサイルで狙い撃ちするだろう。援軍を呼ぶにも、他のCAPは各々の手持ち空域を防御するだけで精いっぱい。つまり、対応できるのはウィーゼル編隊だけ。


それは、あまりにも薄い盾。勇の脳裏に、初めて弱気が頭をもたげる。


『早くしないとヘリがフランカーのレンジに入っちまうぞ……サンディ、ウィーゼル二三! まだ離脱は出来ないか!』

『ウィーゼル、サンディ二一、無理だ! 連中ガンガン撃ってきやがる、迂闊に頭を上げたらあっという間に穴だらけのスイス・チーズになっちまうぜ!』


 ウィーゼル二三が聞き、ヘリのパイロットが答える間にも、鉄が鉄に当たる嫌な音のBGMが途切れなく鳴り響いている。まだ救出部隊側に死傷者は出ていないようだが、このままでは時間の問題だ。その上追い討ちをかけるよう、勇のTEWSが捕捉警報を発する。連中、まず戦闘機を片付けるつもりだ。こちらも反撃しようとするが、敵側の電波妨害がレーダーの挙動を不安定にし、上手くロックが出来ない。無線からは地上部隊の叫びが漏れ、TEWSの警報は勇の鼓動とシンクロしていく。ああ、まずい、まずい、まずいぞ……!


『クイーン一一、空域へ突入イン東方向フロムイースト!』


 突然、無線から誰かの声が届く。誰だ、と思いデータリンクを見ると、一機のトーネードがヘリの付近へと低空で接近していた。次の瞬間、恐らくサンディからだろう無線が入る。おそらく、と言ったのは、無線の冒頭数秒がすさまじい爆音でかき消されて途切れ途切れにしか聞こえなかったからだ。


『うおぅ、こりゃ景気のいいお祝いだ! クイーン、支援に感謝する! やっと離脱できるぜ!』

『まっかしといて! 貴方たちは私がしっかり守ってあげる!』

『こちとら爆弾の扱いにゃ一家言あるんだ、もう一発くらいはぶち込んでやるぜ!』

 

クイーンと呼ばれた元気なプリンセスとその従者は――いつも通りのあけすけな明るさで竜巻トーネードを巻き起こし、あっという間にピンチを救う。更に同じタイミング、不快な捕捉警報の音が前触れなく途切れ、また通信。


『ったく、ファッ○ン手間のかかるリーダーだなぁおい! お守りのし甲斐があるぜ!』

『敵機の目は取り急ぎ潰しました! ただ長くは持ちません、早いとこ退治してください!』


 彼方より空域を見渡していた唸りを上げるものグロウラー。海兵隊の爆弾パイロットとその保護者たる空軍のEWOが、勇に電子の傘を差しだしてくれている。


『さあ、つぎは勇がカッコいい所を見せる番ですよ!』

『やってやれ! 俺たちがオメェのケツにファッ○ン奇跡を突っ込んでやる!』

『大丈夫だ! 勇ならやれる、俺が保証してやるよ!』

 

ウィラが、ジェニーが、ニールが口々に勇へ発破をかけ。他の勉強会メンバーも無線に乗せて励ましを送ってくる。仲間たちの力強い声は、勇の恐怖や焦りを突き刺し、体から取り出して外へと放り投げ、代わりに勇気を乱暴に手渡してくれた。彼らは皆、お互いの能力を信じて、ただ一つの目的を成し遂げるために空を飛んでいる。ならば――。


『勇! 約束、忘れないで! 一緒に食べるんだよ、私のあげたチョコレート!』


――自分も、その一員とならねばなるまい。


『……ウィーゼル二四、了解! 任せとけってんだ!』

 

勇の宣言に皆が歓声を上げ、ウィーゼル二三が『愛されてんな、おまえ!』とからかう。それに照れ笑いで返したのを最後、勇は全ての意識を自分の任務へと向ける。


単一集団シングルグループ基準点真方位ブルズアイ五五/二〇、高度三〇、二機で構成二コンタクト横方向に展開ラインアブレスト攻撃対象ホスタイルに認定。レーダーTWSモードに設定。マスターアーム・オン、中射程ミサイル選択。こいつを、落とす。

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