第4話 その9

――さて、まずは核心の説明をする前に統合作戦の策定プロセスをおさらいしておきたい。というのも、異常が仕組まれたのは正にこのプロセスの中だからだ。もちろん全部を詳細に検討する時間はないから、簡略化した必要最小限度の説明で済ませるようにするけれど。


まずは作戦計画の大まかな構造だ。通常、統合作戦の計画は全体作戦要綱OPLAN統合空域作戦計画JAOP作戦実行指示ATOの順に階層分けされている。概要は知ってると思うが、それぞれ説明しておこう。

最初はOPLAN。陸海空、他統合作戦に参加するすべての組織に対して統合戦力司令官JFCが与える戦略的指針だ。「この作戦はどんな目的があって、何をすればいいのか」を明らかにする段階と言い換えてもいい。

 

で、次がJAOP。統合航空戦力司令官JFACCがJFCの出した指針に基づいて策定する、OPLANを実現するための航空戦力活用の指針だ。目標に優先順位をつけ、敵の動向を把握し、作戦を具体化する。この段階で「戦略的コンセプト」が「作戦計画」に変わるわけだな。


 最後、ATO……というよりATOを策定するために必要な諸々の業務。いわゆるエアタスキングサイクルだ。この段階で作戦の具体的な行動が決まり、俺たちに指示として降りてくる。

 

このプロセスのうち、OPLANやJAOPについては俺が調べた限り特に問題は見当たらなかった。問題はそこから先。上位の指示がエアタスキングサイクルに変換されるまさにその瞬間から、罠が仕込まれていたんだ。


皆も知っているとは思うけど、エアタスキングサイクルの実行フェーズは大きく三つに分かれている。兵力配分や目標策定を行う「戦略策定」、戦略策定をもとに具体的な戦力割り当てをおこなう「基幹航空攻撃計画MAAP」、MAAPの指示を各部隊に伝達するATO。このうちパイロットが作戦として目にするのは基本的にATOやそれに付随する特別指示SPINなどのみ。バックにある諸々の立案プロセスは考慮されないのが普通だ。けど、みんな思い出してくれ。演習が始まる前、妙なメールが来てたろう。……そう。作戦の立案プロセスに意見しろとかいう、あれだ。


今思えば、この時点で気づくべきだったんだろうな。教官たちは試していたんだ。俺たちが、仕掛けられた罠に気づくかどうか。


本論を言うぞ。端的にいうなら、作戦を作る側は、常識的なやりかたをしていない。

連中がいやらしいのは、「選手」側に悟られないよう、巧妙にカモフラージュを施しているってことだ。「ありえないというわけではない」。その程度の違和感。表面だけをなぞっていれば、気づかないまま素通りしてしまう違い。それでも、一歩踏み込んで疑いの目を見向ければ、常識から少しだけ外れた何かが見えてくる。

 

あまり観念的な話ばかりでも分からないだろうから、具体的な一例をあげよう。資料の三ページ目を見てくれ。これは現在発行されている最新のJAOPを抜粋したものだ。そこのガイダンス、「制限」のところ。「特に進入拒否的ディナイドな戦域における対地攻撃にあたっては、効果を最大化させるために四機以下での作戦実施は避けること」、「航空阻止任務に際しては付帯的損害を避けるため破壊能力を最小限に抑えること」、とある。


で、次のページ。これは当該JAOPの期間内、ある日のATOだ。内容書き出すぞ。『TASKUNIT/192FILO/MSNDAT/AF001/FENCE21/2XF16/INT/‐/2G31X2AX2WX2/‐/31501/‐/TGTLOC/120930Z/120950Z/B1234‐12345/MILFCLTY/375522N143927W/‐/BOMB DUMP』。

 

……気付いたみたいだな。そう。奥地に侵攻してのINTミッションだから当然ディナイドな領域なのに、指定の攻撃機数は二機。その割に搭載兵装指定SCLはどでかい二千ポンド爆弾指定。付帯的損害なんて糞食らえと言わんばかりだ。どれもJFACCの出しているガイダンスとまったく合致していない。 


他にもあるぞ。次ページ、これは別の日のJIPTLとATO。リストの優先順位一位は敵航空基地に対する攻撃的防空OCA。だがこの日のATOは航空基地を目標にした指示が一切無い。


昨日の作戦にしてもそうだ。アリー、言ってたよな。ALARMは固定目標に対してこそ真価を発揮する兵器だって。だが上はなぜかトーネードをディフェンシブSEADに据え、HARMを運用できるトルコ空軍のF‐16を攻撃部隊に配置した。


それだけじゃない。リンク一六に接続できないスペイン空軍のホーネットが攻撃部隊に組み込まれていたけど、これも本来はおかしな話なんだ。普通、情報量に大きな差が出るような機体同士を一緒に運用することは御法度。例えばアメリカ空軍主力制空戦闘機のF‐22はステルス性を損なうって理由でリンク一六へのアップリンクが出来ないから、そのために作戦運用上は他と隔離されている。だが、今回に限ってそういう類の常識が見事に無視されている。


まだまだ沢山あるぞ。兵装のミスマッチ、上位指示の無視、エトセトラエトセトラ……。詳細は資料にまとめておいたから後で確認してくれ。


さて、これで大体の「からくり」は理解してもらえたと思う。この演習には、隠された意図があったんだ。明らかな、だが注意しなければ気づかない異常が。要するに、上司たちは俺たちに間違いさがしをさせる気なんだよ。 

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