第4話 その5
『……おいユウ。さっきからその唸り声はなんだ。腹でも痛いのか』
翌日、月曜日。フォード二二のコールサインで機上の人となっていた勇は、フライトリードのフォード二一から指摘されて初めて無線スイッチが送信位置入っていることに気付いた。
午前の演習には参加していなかったので、午後の
「……すいません。無線の調子が悪くて」
勇は機械に責任を押し付け、編隊を率いる大尉に答える。うわの空で飛ぶ事の危険は嫌というほど知っているが、出そうで出ない結論ほど人の思考を奪うものも中々ないものだ。勇はもう随分しばらくの間、磁石に吸い寄せられる砂鉄の如く意識を絡め取られている。
(喉のあたりまで出てる気がするんだけどなぁ……)
と、心の中でごちる。本当に、結論まであと少し。だが言葉にしようとした途端、それはひょいと隠れて胃の奥へ引っ込んでしまう。
中佐の言う事を額面通り受け取るなら、演習には何か『作為』があって、自分はそれに気付かなければいけない。しかし違和感を見つけようにも、これまで出た作戦指示はおおよそ勇の持つ常識の範囲内にあった。不満を抱えた若手達が文句を垂れつつも直訴と言った決定的行動に出られないのだって、結局のところは追及できるだけの異常が見つけられないからである。だからこそ皆は難易度が高いだのと抽象的な批判をして溜飲を下げ、そして翌日また不甲斐ない結果を出すのだ。勿論、それが正しい事でないとはわかっている。だが、他にやり方が見つからない以上は進める逃げ道を進むしかない。
『ルノーフライト、スターゲイザー。
『スターゲイザー、ルノー三一。
無線から漏れ聞こえる攻撃隊と早期警戒管制機の通信が、勇の意識を再びコックピットへと連れ戻す。時計を見れば、そろそろ予定の攻撃開始時刻であった。いかんいかん。もういい加減、無理矢理にでも仕事へ意識を向けなければならない。
今回の任務は敵の物資集積拠点攻撃である。スペイン空軍のF/A‐18とトルコ空軍のF‐16、それにイタリア空軍のトーネードが攻撃隊の中心だ。付近の空域ではアリー達のトーネード部隊がSEADを、勇達のイーグル部隊がCAPを受け持って円を描きながら飛び、それぞれ地上と空中からの攻撃に備えている。また攻撃隊の突入を見計らってジェニーとウィラの駆るEA‐18が電波妨害を開始する予定だ。
本来の想定では攻撃部隊は同時に敵対空域へ突入する手はずだったのだが、さきほどの通信によればまだトルコ機が所定の位置につけていないようである。データリンク画面を見れば、なるほどルノーフライトを示す青い円は突入位置から大分遠くにあった。本作戦の肝はタイミングであり、敵の陣地に複数の部隊が折よく波状攻撃を仕掛けて反撃の機会を与えないよう事を進める必要がある。そのため先行するイタリア機は大きく蛇行してトルコ機を待っていた。となれば、当然スペイン機も同じように動いているだろう。そう思い勇はデータリンク画面を探す……が、何故かそれらしき機影は映っていない。
『……ホンダ一一、スターゲイザー。
タイミングよくというべきか、AWACSが渦中のスペイン機に呼びかける。勇はインカムからの通信に意識を集中し、状況を把握しようと試みた。
『ホンダ一一、スターゲイザー。繰り返します、
『……スターゲイザー、ホンダ一一。何だって?』
『ですから、突入は許可していませんと』
『ちょっと待ってくれ、こっちは予定のアライビングタイム通りに動いている。もう空域へオンステーションしているぞ』
AWACSが息を飲み、勇も思わず毒づく。相変わらずデータリンク画面には何も映っていないが、どうやらスペイン機は既に敵対空域へ突入してしまっているらしい。崩れ始めた計画の破片に呼応するよう、空域の通信量が俄かに増え始め、現場に混乱が伝染していく。
『スターゲイザー、ライトハウス。おい、どうなってんだ』
『ライトハウス、スターゲイザー。ホンダ一一が既に空域に突入しています』
『……くそったれ、早漏野郎め! 初めていたす童貞じゃねえんだから少しは堪え性ってもんを持ちやがれ!』
『ライトハウス、スター…イザー。とに…く状…を……し…け………いけま……』
『……お……スタ…ゲ…ザ………………こ……い……な……とか………なん………』
突然無線にノイズが混じり、AWACSとEA‐18の間に交わされていた通信がまともに聞き取れなくなる。勇は慌ててUHFアンテナ位置を設定し直すが、まるで効果がなかった。
『スタ……ゲ…ザ…り……
辛うじて聞き取れたスターゲイザーからの指示は、つまり赤国が電波妨害を開始したという報告だ。言われてコンソールに目を落とせば、レーダー画面がおかしな挙動をはじめ、データリンクも途切れつつある。無線通信と捜索電波双方に対し強力な妨害が行われているらしい。
勇はノイズに辟易しつつT23AセレクタノブをAに回し、無線を
『スター…イザー、ライ…ハウス。
無線に載ったジェニーの笑えない冗談は、先ほどよりもずっと明晰に聞こえる。有難いことにシステムは適切な効果を発揮しているらしかった。とはいえジェニーの言う通り、このままでは作戦の実施どころか安全な飛行すらおぼつかない。
『ライトハ…ス、ス……ゲイザー。何とか…りませんか』
『ス…ーゲ…ザー、ライトハウス。今対応…ています……これでどうでしょう』
ウィラらしき声が答えるのとほぼ同時、レーダーやデータリンクが徐々に異常から脱して落ち着きを取り戻し始めた。彼女がWSOとしての能力を如何無く発揮してくれたおかげで平常な状態に戻る事が出来き、勇は安堵の息をつく。が、それも束の間。回復した状況認識をデータリンク経由で確認した瞬間、勇は思わず「……拙いな」と漏らした。味方の攻撃隊は電波妨害環境下で連携を分断され、空域一帯に千切れて四散している。こうなっては同時突入など夢のまた夢、残された選択肢は逐次攻撃か作戦中止か二つに一つである。そして幸か不幸か、敵は自分たちにその判断を下す暇すら与えない。
『ホ、ホンダ一三!
スペイン機が悲鳴のようにコールする。地対空ミサイルは航空機のまさしく天敵、その照準は恐怖以外のなにものでもない。事前情報ではこの空域にアクティブなSAMはいないはずだが、今更文句を言ったところでもう遅かった。
『
『どうした!』
『どうもこうも!
勇が通信に驚いて地上を見やれば、確かに夕日に照らされた地上から白い航跡が伸びてくる。おそらく状況に臨場感を持たせるための白煙ロケットか何かだろう。安上がりな演出だが、与えた効果は絶大たった。
『くそっ! ホンダ一三、
まさに阿鼻叫喚である。できることなら助けに入りたいが、生憎空対空戦闘が主任務のイーグルにできることはない。無線に入る断末魔を歯噛みしながら聞き、味方の援護を待つ。こういう時のためのSEADだというのに、アリー達のトーネードは何をしているのだ。
『ジャガーフライト、スターゲイザー!
ABMがトーネード隊に怒鳴るよう指示を出す。だがアリー達からの返信はなく、ホンダフライトの悲鳴が相変わらず無線を占有したままだ。
『ジャガーフライト! 何をしているんですか、
『……えっ、えっとそのっ……フォード四二、
「はぁ!?」
間の抜けすぎたSEAD部隊(声からしてアリーだろう)の回答に、勇は思わず前のめりになる。一番活躍すべき状況で、今彼らは目標を探知すらしていない!
『あっ……来たっ!
『まて、諸元がまだ入力で来てない!』
『ちょっとニール何言ってんの、ダイレクトでも撃てるなら撃たないと全滅するって! デュアルモードじゃなくてもいいから!』
『無茶言うな、RWRからの諸元じゃ不正確すぎる!無駄弾になるだけだ!』
アリー達も相当混乱しているのか、インターコムでするべきWSOのニールとのやり取りを外部通信で行っている。二人とも焦れきっているようだ。
『ニール、まだ!?』
『もう少し、あと五秒くらい!』
『そんな悠長な事してたら……あっ!』
悲鳴のようなアリーの言葉と同時、ホンダフライトの二機が無慈悲な審判官に撃墜判定を出された。すごすごと空域から退場していく姿がレーダーに映り、場はいよいよ総崩れになる。
『よし! 待たせた、
『遅い!
やっと行われた反撃だが、それも今や遅きに失していた。SAMの破壊判定が出る前にイタリア空軍の一機が新たな犠牲となり、トルコ機も連続発射(サルボー)を食らって回避に精いっぱい、とても攻撃どころではない。
『スターゲイザー、ホンダ二一! もうだめだ、
『ホンダ二一、了解しました! ライトハウス、
そして、ゲームセットの笛が鳴り響き。勇たちはまた一つ、失敗を報告する書類のファイルを太らせる事となった。
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