第4話 その6

沈黙が渦となって巻き上がり、部屋全体を覆う。


「……で。いったい俺らは何時になったらオムツに糞と小便詰まらせたファッ○ン・コゼニスキ大佐殿をあっと言わせることが出来るんだ?」


ジェニーの問いに答える者はおらず、彼女の貧乏ゆすりで椅子がガタガタ揺れる音だけ、どんどんと増幅されていく。


 例によって例のごとく直視できない結果となった午後の演習。いつもの会議室に集まっているメンバーは、みな不機嫌を隠そうともしない。休日を挟んでの一発目という事もあるのかもしれないが、とにかく先週最悪比でも三割増しの険悪さである。


「不運が重なった、じゃすまないですよね。今回の結果は。ちょっと酷すぎる」

「まあ、あの体たらくじゃそりゃ指導官も呆れるわな」


 メンバーの中では勇と一二を争う穏健派のウィラとニールですらこの辛辣さだ。イケイケレザーネックとお転婆お姫様に至っては何をかいわんや。


「まったくよ、馬鹿どもが前のめりに馬鹿をしてくれたおかげでめちゃくちゃだ。カエルのケツに花火をぶっさして飛ばしたほうがなんぼかマシじゃねぇか。おかげでこっちは仕事のし甲斐がないったらありゃしねぇ」

「……仕事ができなかったのはみんな同じじゃん。自分だけ無関係だって思うの、よくないと思うな私」

「うるせぇブロンド。かくれんぼ中にマーチングバンド引き連れてドンジャカ走り回る馬鹿が相手じゃラリー・キングだって段取り通りの仕事はできねぇんだよ。ま、海兵隊のEA部隊におんぶだっこ、馬鹿の一つ覚えみたいにミサイルぶっぱなすしか能のない椅子に座った軍隊チェアフォースにゃわからん苦労だろうけどな」

「……かっちーん。あのね、言っときますけどこっちは敵さんのお庭の真っただ中でSAMに狙い撃ちされながら目ぇ皿にして目標探して、爆弾が地面を耕すまで逃げ出すこともできないんだかんね! ま、銃弾飛び交う戦場の遥か彼方でお抱え運転手してる人にはわかんないでしょうけど! ていうかジェニーだってブロンドじゃん!」

「あんだと!」

「なによ!」


 そして今日もまた、売り言葉と買い言葉の応酬がぱじまる。先週ずっと繰り広げられた光景のカーボンコピーだ。ヒートアップする議論は見ているだけで精神力がゴリゴリと削られる。ここで下手に口を挟んだら最後、泥沼の陣取り合戦に巻き込まれることは必至。勇は喧騒から距離をおいて顎を手に乗せ、中佐の『ヒント』を解き明かす為の思索に身をゆだねる。  


……不手際、ミス、不運。『問題』の原因を説明するための様々な言葉が頭を過り、そのどれもが上滑りする。あと少し、あと少し。こびりついた想念の影は、目の前に佇みながら、まだ勇に顔を見せない。思考の迷宮に入り込んだ脳が疲労にまみれていき、半ば放心した脳に二人の議論が聞くともなしに染み込んでいく。


「そもそも言わせてもらえばな、作戦中止になった一番の原因はお前らSEAD部隊がまともに働かなかったからだろ! そこんとこの責任はどう考えてんだこのアマ!」

「責任!? あんな混乱した場面で四機ぽっちのSEAD部隊が魔法の杖みたいに全部解決できるなんて無茶言わないでよ! ただでさえポップアップIADSの攻撃って難しいのに!」

「はっ、難しい? それが仕事をしない理由になるんだったらおたくの翼にぶら下がった対レーダーミサイルは飾りってことか! なら言っとくぜ、不細工に化粧したところで不細工には変わんねぇから諦めな!」

「なんだとぅ!? 地形追随飛行もできないくせに!」

「うるせぇ! 見た目も悪いわミサイルも碌に扱えねぇわ、そんな飛行機褒めるほうが難しいっての!」

「あーまた言った! また言ったね!? つーかそもそもALARMはそっちのHARMと使い方が違うんだからHARMと同じ感覚で話しないでよ! 今日みたいな動的環境はそもそも想定されてないっての!」

「はいはいへ理屈は聞きあきましたよ!」

「任務範囲の違いをへ理屈扱いされちゃたまんないね!」


――その瞬間。勇は、自分の体がざわりと粟立つような感覚を覚える。


「アリー、ちょっ、ちょっと待った!ちょっと待った!」

 

衝動の赴くまま、議論を遮る。珍しい外野の参戦はことさら場の注目を集め、場の視線が全て勇に集中した。


「……なに、勇。やっぱ勇もトーネードはカッコいいって思ってくれる?」

「おいこらニップ邪魔すんな。こちとら脳みそにスの入った馬鹿女に理屈を叩き込んでんだ」

「あ、えと……」

 

勇がしどろもどろになってしまったのは、口を挟んだ理由が自分でもよく理解できていなかったからだ。ただ、今……何かとても重要な事を聞いた気がして。理性というより本能から声が出てしまった、という感覚。勇はその違和感にラベルをつけられないまま、それでもつかんだ糸筋だけは絶対離すまいという理由のない強迫観念に追われ、必死で言葉を探す。


「その、だな、あー……そうだ。今の話、もう少し詳しく教えてくれないか? その、任務範囲の違いがどうとか……」


半分は時間稼ぎ、もう半分は動物的な第六感。勇の質問にはその程度の根拠しかない。聞いた本人がこれだから、当然アリーに質問の意図が読める筈もなく、彼女は訝しげな顔を浮かべる。


「ALRAMのこと? まあ、別にいいけど……さっき言った通りだよ? あらかじめ場所が特定されいる目標への攻撃が主眼の兵器で、動的な環境への対処能力はあまり高くないって話」

「はっ、言い訳だな。ELSとレーダーシーカーがありゃあ、他の違いは枝葉みたいなもんだ。向き不向きもあるか」

 

茶々を入れるジェニー。むっとしたように睨むアリーだが、ジェニーの反論は勇にも理解できる。曲がりなりにも対レーダーミサイルである以上、そうそう使い方が変わるものではない。対空レーダーの発信する電波を発射母機の電波探知機ELSが探知し、その位置情報がミサイルに転送され、発射ボタンが押される。それ以外の使い方があるとは……。


「ないよ、ELS」

「「「……は?」」」

 

アリーのそっけない一言に、勇とジェニー、加えてウィラまで声を重ねて答える。ELSがないとは、つまり対レーダーミサイルの根幹をなす装備なしで対レーダーミサイルを運用しているという事ではないか。まったくもって自己否定的、米国航空部隊の持つ常識からすればありえない。しかしアリーと同様に英国軍人のニールが、追い打ちをかけるよう付け足す。


「ALARMは開発段階でハリアーやホークみたいな小型機での運用が想定されていた関係上、あまり複雑な装置は使えないんだ。ELSやHTSはどうしても大掛かりになるからな」

「でも……じゃあ、目標の位置情報なんかはどうやって得るんですか?」

 

今まで黙っていたウィラが聞く。EW機の乗組員である彼女は実際に対レーダーミサイルを使う立場だ。口を挟まずにはいられなかったのだろう。


「まあ……基本的にはRWRのデータに頼ってるけど」

「なんだそりゃ。RWRなんて測距もできなきゃ方位情報もアバウトにしかわからないだろ。それでどうやってポップアップターゲットに対応……あっ」

 

ジェニーが言葉を切ったのは、先ほどアリーの言ったことを思い出したのだろう。つまり、『あらかじめ場所の特定されている目標への攻撃が主眼』、だと。


「だから言ったじゃん。使い方が違うんだって」

「……は、はん。あるものでどうにかするのがアビエーターの仕事だろう。結局言い訳は言い訳だってこった」

「それはっ……そうかもしれないけどさぁ」

 

もどかしげに口ごもるアリー。確かに、今度もジェニーのいう事はもっともだ。兵器の数に限りがある以上、いつでも最適な装備が使えるとは限らない。ありものでどうにかするのが運用の基本だ。しかし――しかし。脳裏にこびりついた中佐の声が問いかける。『勇君は、気づいているかな?』。


「……なあ、確認させてくれ。今日の作戦、地上攻撃に参加したのはスペインのホーネット、トルコのF‐16、イタリアのトーネード。そうだったな?」

「え? ああ、そうだけど……」

 

ニールが戸惑ったように言う。 

「トルコのF-16、部隊がどこかわかるか?」

「えっと、確か一九二FILOです、けど……?」

 

何か問いたげなウィラに「いや、ちょっとな。ありがとう」と礼だけ言って、勇はスマホを取り出す。“Turkish air force 192 filo”と検索ワードに入力。目当ての検索結果をタップ。各国のF‐16部隊をまとめたサイトだ。一九二FILOの項を見つけ、目を皿にして読み込む。自分の仮説が正しいのならば、そこにあるべき文字――。そして、“Version : F-16 C/D block50 with CCIP”の文字を認めた瞬間。勇は、ほう、とため息をつく。多分。今、全部が繋がった。


「あの、勇? アリー思うんだけど、そろそろネタばらししてもいい頃なんじゃないかなーって」

「わるい、ちょっと調べ物してくる!」

「え、あれ、勇!? ちょっとどこいくん!?」

 

部屋を飛び出した勇はアリーの悲鳴じみた呼び止めについぞ答えず、目当ての場所へ一目散に走りだす。後ろから「ど、どうしよう、なんか勇が変な人になっちゃったよ!? これってお医者様に相談したほうがいいのかな、ね、どう思う!?」という戸惑いの叫びが聞こえたが、誤解を解くのは後にしよう。戻った時に待ち構えているのが精神科医でないことを祈る。

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