第4話 その7
駐機場は宵の薄暗さに包まれ、まばらに散らばる人の姿もシルエットになって輪郭ばかりが浮かび上がる。勇はどこか現実感のない景色の中、しかし極めて現実的な思考で歩き、目当ての機体を見つけた。トルコの国旗を付けたF‐16が六機、任務を終えて赤いタグを風に揺らし、エプロンに翼を休めている。
他国の戦闘機を許可なくマジマジと眺めることは、禁止こそされていないがあまり褒められた行動でもない。やや身をかがめて目立たないようふるまいながら、エアインテークの下を覗く。勇の予想が確かならば、F‐16はここに目当ての「ブツ」をぶら下げているはずだ。最初の一機は……はずれ。スナイパーXRターゲティングポッド。次も、その次も、四機目までは同じような鉛筆型のとがった筒ばかり。だが……五機目。
「何しているの」
「うへぇあ!」
疚しい事をしている自覚がある分、殊更大きなリアクションが出てしまう。波打つ心臓を宥めつつ振り返った勇は、そこにフライトスーツを着た少女が呆れた様子で立っているのを見た。
「あなた、怪しすぎよ……何、アメリカ空軍の人?」
問いかける女性は幸いにも勇を頭ごなしに咎めるつもりはないようで、とりあえず安心する。
「あんまウロウロしてると機付整備員にどやされるわよ。うちは威勢がいいのが多いから」
言い聞かせるように言う少女の顔には見覚えがあった。確か酒場でジェニーと最後までやりあっていたトルコ空軍のパイロットだ。この付近にいるという事は、彼女も部隊の一員だろう。
「ははは……いや、悪い。調べたいことがあってさ。そうだ。聞きたいんだけど」
この際だ、折角部隊のパイロットとお近づきになれたのだから直接聞いてしまおう。
「君らのF‐16。こいつがついてるってことは、HARMが使えるんだよな?」
「は? そんなの当たり前じゃない。うちの子はブロック50のCCIP……そっちの言い方ではCMかしら? まあとにかく、最新の近代化改修が済んでる。JDAMでもJSOWでもマーベリックでも、当然HARMだって使えるわ。SEADをやれって言われたら、今日のイギリス人よりはずっと上手くやるわよ」
口ぶりからして、彼女も勇やアリー達と同じ作戦に参加していたのだろう。そして自信に満ちた表情の彼女がいう事は、たぶん事実だ。別にアリーやニールの能力を疑っているのではない。そもそも「任務領域が違う」のだから、当たり前だ。そう、当たり前なのだ。
「……おいおい、なんだよ。まさか日本人に先を越されるとは思わなかったな」
「ほんとだ。これはノーマークだったよ。出遅れた」
突然、横合いから妙になれなれしい声がし、勇はトルコ人の少女とともに振り向く。
「まあいいや、その様子だとまだお手つきって感じじゃなさそうだし。ねえ、お嬢さん。今晩食事でもどう? イタリアは僕のホームだ、なんでもリクエストしてくれていいからさ」
「いやいや、こんなスケベ男より僕と遊ぼうよ。マドリッドの情熱で君を包んであげる」
清々しいほどに下心丸出しで近づいていくる二人の男。それぞれガチャガチャと装具をゆらし、ヘルメットを手に取っているところからすると、仕事終わりの同業者だろう……というか、よくみれば酒場の喧嘩でジェニーとトルコ娘にのされたスペイン人とイタリア人である。
「お断りよ。さっさと消えて」
「そんなこと言わずに……おいこらスペイン人、しゃしゃり出てくるな」
「少しだけでいいからさ……こっちの台詞だよイタリア人。僕のほうが先に目をつけてた」
酒の席での乱痴気騒ぎはお互い記憶にないらしく、初対面の距離感であった。勇はあえて皆のなれそめを告げる気にもなれず――ここで意趣返しの喧嘩でもぱじめられては堪らない――愛想笑いを浮かべて視線を泳がせ、その先がナンパ男達の胸を滑った時、ふと気づく。
「……なあ。もしかしてあんたら今日の午後、演習で飛んでたか?」
「おいおい、やなこと思い出させるなよ。SAMに蜂の巣にされたなんて笑えもしねぇ」
「パスタ野郎もいたんだ。ありゃあ恐怖体験だったね。そう何度も味わいたいもんじゃないよ」
やはりそうだ。今ここにいるのはみな今日の演習参加組というわけである。妙な偶然もあるものだが、そうとわかれば話は早い。彼らにはいろいろと聞いておきたいことがある。
「なあ、お前ら。今日の演習、なんか妙な事があったりしなかったか?」
「は?」
「妙な事?」
突然の質問に面喰った様子の二人だが、案外素直に腕を組んで考え始めてくれる。少し時間がたって、「……そういえば」と先に口を開いたのはイタリア人だ。
「妙っつーか……言われてみれば気になるって程度だけど。今回の目標、恒久の軍事施設だったろ? てっきり強化シェルターとかのハードターゲット攻撃になるのかなと思ってたんだけどさ、
「通常弾頭のJDAMか。ハードターゲットの攻撃には使えないのか?」
「いや、有り得ないって訳じゃないさ。ただまあ、ある程度の防御力が想定される目標なら
「なるほどね……スペインの、そっちはどうだ? そういえば今日の演習、データリンクから消えてたよな。何かトラブルだったのか?」
水を向けられたスペイン人は一瞬なんのことだかわからないという風な顔をしていたが、ややあって思い当ったように頷く。
「ああ、消えてたというか、元から居なかったんだと思うよ。昨日飛んだ機体、IDMしか装備してないから。リンク一六との連接は……やれるって聞いたことはあるけど、少なくとも僕は方法を知らない」
IDM――確か編隊内リンク用の軽量データモデムだ。JTIDSやMIDSのような高性能端末と違い安価で比較的容易に搭載改修が可能だが、その分機能が制限される。IDMを用いたデータ通信プロトコルはVMFやAFAPD、SADLなど様々あるが、何れもリンク一六とネットワークとしての直接の相互運用は基本出来ない(VMFはデータフォーマットに互換性があるためクライアント単体としてならリンク一六に参加できると聞いた事はあるが、スペイン人の口ぶりからして一般的な運用ではないのだろう)。
「なるほどね。正直、パッケージにリンクできない機体が混じるとやりにくいんだけども」
「確かにな。どこにいるかわからん味方と一緒の作戦はいろいろ気ぃ使わないといけねぇし」
感想を述べるトルコの少女とイタリア人の横で、勇は顎に手を当て考え込む。
「ところで、日本の。この尋問には何か意味があんのか? 新手の口説き文句か? 言っておくが俺はノンケだからな」
「そもそもナンパの手口にしては遠回しすぎるよね」
「……別にナンパじゃないし俺だってノンケだよ。ま、ちょっと気になることがあってな」
愉快な誤解が広まってしまう前に場を辞したほうがよさそうだ。勇は手を挙げて礼を言い、皆に背中を向ける。が、その場から離れる前にトルコの少女が「あ、ねえ。日本人さん」と勇に声をかけた。いろいろと不躾を働いた自覚のある勇は、てっきりお叱りを受けるのかと思い身構えて振り返ったが、彼女の表情は思いのほか柔らかである。
「思い出したわ。あなた、ここ最近ずっと何人かで集まって密談しているでしょう、会議室を使って。一体何を企んでるのかしらって、いつも怪しんでたの」
「はは、俺も有名になったもんだ」
勇があえて軽口で返したのは、それが許されると思える程度には少女が信愛の情を示してくれていると感じたからだ。最初は少し不愛想な印象だったが、少し話せば案外親しみやすいタイプなのかもしれない。
「ま、若手で勉強会をな。今んとこの目標はコゼニスキ大佐をギャフンと言わせる事らしいぞ」
「あら、それは面白そう。ねぇ、よければ私も一枚かませてもらえる?」
表明された協力の申し出に、勇は意外な思いをする。自分たちが『密談』に興じる怪しい集団だという事を十分理解している人間が言ったのであるからなおさらだ。
「そりゃあありがたいけど……いいのか?」
「ええ。実を言うとね。私、あのコゼニスキ大佐が大っ嫌いなの。いっつもネチネチ人の揚足とるんだもの、思い出しても腹が立つわ……だから、ぜひ大佐をギャフンと言わせて頂戴」
「そういう話なら俺も乗った。そろそろカッコいいところを見せとかんといかんからな」
「いいじゃないか。僕もぜひ」
少女に賛同するよう、男二人も腕を組んで頷く。ああ、なんだ……と、勇は苦笑いする。なんとなく壁を作っていたけど。みんな結構話が分かるじゃないか。
「……ありがとう。俺は釜草勇、アメリカ空軍のパイロット。周りからはユウって呼ばれてる」
「サビハ・ギョクチェン、トルコ空軍。サビハでいいわ」
「ハビエル・ガルシア・アルナイス、スペイン空軍。ハビエルと呼んでくれ」
「マリオ・ベルナルディ。イタリア空軍。じゃあ俺もマリオと」
自己紹介をし、それぞれと握手を交わす。思わぬところで協力者を得ることが出来たのは何とも幸先の良い事である。アリーに話せばさぞかし喜ぶことだろうが、しかし今は報告より先に色々としたいことがあった。勇は三人に「じゃ、またな」と声をかけその場を立ち去り、自室への道すがら「することリスト」を頭の中で整理する。
何はともあれ、方針が決まったのは大きな前進だ。あとはいろいろと詰めの調べをしなくてはならないだろう。今夜は徹夜仕事になりそうだ。
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