第4話 その4

「とりあえず、お互い明日までにいくつか改善案を用意しよう! 私は二度寝してくるよ、実は昨日全然寝付けなかったから眠くて死にそうなんだよね!」


アリーが言い残してカフェから立ち去り、それから数時間。一人残された勇は腕を組んで考えを徒に巡らせていた。午前中に一通りのやり取りを終えて一歩前進したような気になっていたが、冷静に考えてみれば状況は全く変わっていない。軽く「改善案」と言ってくれるが、現状を打破できる魔法のような方策がぽんと出てくるとも思えなかった。


(……そもそも根本的に、結果が出ない原因がよく分らないんだよな)


今更ながら、勇は首を傾げて思う。

みな、曲がりなりにも厳しい選考をパスしたパイロット達だ。第一線で活躍し、ほどほどに経験もある。普通に能力が発揮できれば、ここまでおかしな結果は出ない筈なのだ。


だが現実問題として、自分達は求められている成果を出せていない。やはり、皆の言う様に教官達の要求するレベルが高すぎるのだろうか? だが作戦自体はオーソドックスなものだし、戦域の環境も一見してそれほどタフであるとも思えないし……。


だめだ、考えれば考えるほど袋小路である。勇は少し気分を変えようと席を立ち、コーヒーを注文しにレジカウンターへ。と、そこで見覚えのある後姿が勇の視界に入った。


「あれ、オルズ中佐?」

「ん? おお、勇くんじゃないの」

 

オルズ中佐が、勇の横のカウンターに並んでいた。手にはノートパソコン、やや厚手のタンクトップに濃い紺色のジーンズとラフな服装。短い髪の毛をいつものように後ろで括っている。


「奇遇だねー。どっか遊びに行かないの?」

「アリーと駄弁ってて午前中つぶれました。中佐は?」

「じかんがいろーどー。管理職は辛いねぇ」

 

よく見ると、閉じられたノートパソコンの間には書類がいくつか挟まっている。隊長となれば事務仕事も多くなるのだろう。愛すべき上司の苦労を思って勇の頭は自然と下がり、「お疲れ様です」とねぎらいの言葉が漏れる。


「あんがと。ま、適当な所で切り上げるけどね――ちなみに勇くん、アリーちゃんとのデートはマジモン? それとも勉強会の絡み?」

「……あれ、知ってるんですか? 勉強会の事」

「そりゃまあ、これでもたいちょー様ですから。可愛い部下の動向は知っとかないとね」

 

小さな体に見合わない大きめの胸を張る中佐……ちょっと待ってくださいよこの人ノーブラですよ。勇は布越しに存在を主張する「それ」から顔を逸らして「恐縮です」と答える。何で自分の周りには童貞に対するトラップがこうも多いのだ。


「むむむ。若くて可愛いレベッカちゃんのスーパー読心術が発動したぞ。その顔を見た所、何か悩みがあるねボーイ?」

 

まさかの追撃。自分の内心が本当に見透かされたのだろうかと狼狽えたが、幸い「若くてかわいいレベッカちゃん」の真意は別のところにあった。


「……勉強会、あんまり上手くいってないみたいだね」

 

優しい声で言う中佐。勇は己が劣情を悟られたわけでない事にほっと安心すると同時、上司の指摘が図星を突いてきたことに身の程知らずながら感心する。やはりこの人は周りをよく見ているものだ。


「んふふ。それでいいんだよ。前も言ったけどさ、若いうちにしっかり悩みなさい」


勇の肩に手を置く中佐。見守るような視線、暖かい手のひらの感触。勇は再び、今度は心からの「恐縮です」を伝え、中佐が満足げに頷く。


「うむ、よろしい。では素直な勇くんにプレゼント。少しヒントを上げよう。そうだな……んー、勇くんって野球は好き?」

「へ? 野球ですか? まあ、人並みには」

 

突然の話題転換に戸惑いながらも、勇は素直に答える。晩酌の肴に野球中継を眺める父の膝の上で観戦をしていた程度だが、まあ嫌いなわけではない。


「おーけー。じゃあ質問その一。野球で勝つために必要なものって、なんだと思う?」

「必要なもの……やっぱ優秀な選手、ですかね」


父のひいきしていた球団は、金に物を言わせて毎年のように選手を補強し勝ち星をかっさらっていた。その経験からすると、個々の選手の実力が一番重要に思える。


「そうだね。勿論それも間違いじゃない。じゃあ、もう一つ。仮にそのチームが優秀な選手を揃えたとしよう。でも、監督が外野一筋の選手をピッチャーに据えたら? 守備固め要員で打率は程々の選手を指名打者にしたら? そのチームは勝てるかな」

「……いやまあ、多分勝てないでしょうけど……普通あり得ませんよ、そんな事」

「有り得ない? どうして?」

「どうしてって……当たり前でしょう。そんな的外れをする監督がいたら、無茶な仕事を押し付けられた選手が抗議する筈だ。常識外です」

「なるほど? つまり、もし仮に監督がズブの素人みたいな采配をしたら、他の誰かがおかしいと気付くと――でも、勇くんは気付いているのかな?」

「……え?」

 

突然出てきた自分の名前が従前の流れと繋がらず、勇は間の抜けた返事をする。だが中佐はいつもの優しげな顔を崩しておらず、こちらの反応まで含めて意図通りだったようだ。


「ああ、誤解のないように言っておくと君たちの監督はすごく優秀だよ。だから、そこにあるのは間違いじゃなくて、確固とした作為。意志と言い換えてもいい――じゃあ、その意志って何だろう? 監督は君たちに、何をしてもらいたいのかな?」

 

中佐はまるで言い含めるよう、一つ一つの単語をゆっくりと区切りながら語る。つまり、それが彼女の『ヒント』なのだろう。


「――追記。今回の『試合』は普段と決定的に違う事がある。勇くんたちが最初に『監督』から言われた事を思い出して。それを全部つなげれば答えが見えてくるんじゃないかな」

 

置いてきぼりにされてしまった勇の胸を、中佐が暖かい手でぽん、と叩く。それを区切りに、中佐はコーヒーを受け取り勇に背を向けた。


「じゃ、がんばれよおー」


後ろ手に手を振り、どこかへ歩いて行ってしまう中佐。勇は茫然とそれを見送り、黒人女性から無愛想に「注文は?」と聞かれるまで無言で突っ立っていた。

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