第5話 その2

今回のミッションは二つのミッションが連動した大規模な航空攻撃で、総ソーティは五十を数える。第一段階で赤軍の早期警戒レーダーを無力化、続く第二段階にて敵航空基地に対する攻撃的防空OCAを実行する算段だ。


 午前九時。まずジェニーとウィラの搭乗したEA‐18、コールサイン『コンサートマスター』が離陸、空中給油機の支援を受け指定の空域へと進出する。先行してオンステーションしていた早期警戒管制機『コンダクター』と合わせ、スペイン空軍のホーネットがHAVCAPを担当している。その十五分後、早期警戒レーダーの攻撃にアサインされたサビハ達のF―16『フィドル』編隊、計十二機が発進。ディフェンシブSEAD担当のアリー達が乗るトーネード四機『バイオリン』編隊がそれに続く。


仮にATOを発行した責任者がその光景を見れば、彼は訝しんだかもしれない。あるいは、勘違いや見間違いで済ます可能性も高いだろう。SEADにアサインされた機体が対レーダーミサイルでなくGPS誘導爆弾を搭載しているはずがないのだから。

 

一次攻撃隊発進の三十分後、防衛的防空DCA部隊として、勇の乗機も含む八機のF‐15で構成された『サックス』編隊が発進。二次攻撃隊主力となるイタリア空軍のトーネード八機『シンバル』編隊も直後に飛び立ち、イーグルによる盾に隠れて赤国へと向かう。


勉強会のことを知らない人間の多くが異変に気付いたのは、多分この時点であろう。攻撃目標への進行ルートが――もちろんACPやACOの許す範囲内ではあるが――妙な曲線を描いている。その意図を推理した人間もいるとは思うが、演習レンジ内の幹線道路の配置を頭に入れておかなければ休むに似た考えしか出てこない筈だ。


加えて、もう一つの異変もこの段階で姿を現した。これまでかなりの高確率で道中に現れた赤国の地対空ミサイルが、今回に限ってはまったくと言っていいほど姿を現さない。結果として第一次攻撃隊は大きな問題もなく、午後十一時五分、予定時刻と寸分たがわない正確さで目標上空に到達した。


この時、既に状況への疑問を隠さなかくなった指導官の一人が、隣の同僚へ次のように問うたのを、多くの人間が聞いている。「指定ルートで周回待機を行うのが定石のSEAD部隊が、攻撃部隊にぴったり寄り添っているのは何故だ?」。聞かれた人間も首をかしげるだけだった。


ギャラリーの視線を他所に、これまでレーダーを避けるように低空を飛んでいたフィドル編隊とバイオリン編隊は攻撃を行うためポップアップ。EA‐18の妨害を受けて正確な警戒情報を得られなかった赤国IADSは生死を分ける十数秒を文字通り致命的な無策のまま浪費し、もはや彼らには八機のF‐16の投下するJDAMを黙って受け入れる事しかできなかった。


直ちに行われた判定によって、早期警戒レーダーはその能力を完全に喪失したと宣告される。だがもちろん赤国も唯では攻撃隊を逃がさない。周囲に配置された地対空ミサイルが電波妨害をかいくぐって攻撃隊を補足、多数のミサイルを発射した。


そこからの攻撃隊の行動は、今度こそ事情を知らない指導官たちに目を見張らせた。SAMに反撃をしたのはSEADのトーネードではなく、攻撃隊のF‐16。何故か爆弾ではなくHARMを搭載していた四機は素早いリアクションでSAMへ反撃し、攻撃隊は無傷のままで空域からの離脱を図る。首をかしげてモニターする指導官たちに追い打ちをかけるよう、四機のトーネードがSAMに対してJDAMで――そう、ALARMではなくJDAMで反撃。奇妙なほど正確にSAMの発射機を補足し、その全てに「完全無力化」の判定を与えた。


その間に空域を離脱した第一次攻撃隊はのろのろと蛇行するように帰路に就く。それを見た赤国防空部隊担当の指導官は、恐ろしいほど順調に進む作戦にくさびを打ち込むべく航空基地から戦闘機部隊四機の発進を指示。ひよっこどもめ、浮かれて背中がお留守になっているぞ――だが。その直後、彼は逆に自分の浅はかさを思い知らされる。


戦闘機部隊の出現が報告された途端、一次攻撃隊は先ほどまでとは比べ物にならない程に整然とした手順で集合、一気に逃げへとかかる。唖然とする指導官をしり目に、防空部隊のF‐15は迎撃へ上がった敵を冷静に応対。今まで混乱した現場の中で敵味方識別ができず戸惑うばかりだったひよっこ共が、今は何故これほどに正確に迎撃できるのか。指導官はついに迎撃機の全滅までその理由を理解できないままであった。


これで青軍の優勢は決定的となった。早期警戒レーダーは役に立たず、SAM拠点はつぶされて早期復旧の見込みなく、迎撃機も赤国に手持ちはない。IADSの空白地帯となった作戦領域を、イタリア空軍のトーネード部隊が悠々と侵入する。彼らは何の抵抗もなく敵基地に到達、GPS誘導兵器の雨で航空基地のハンガーから誘導路の結節点まであらゆる目標を蹂躙。BDAを待つまでもない見事な成果に、事情を知らない関係者たちは各々の方法で驚きを示す。


ただ一人、コゼニスキ大佐だけは鉄仮面を崩さない。

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