第5話 その3

コチ、コチ、と規則正しい間隔で進む壁掛け時計の秒針が、強い威圧へ健気に抵抗する。無機物の勇気に駆り立てられるよう、勇は閉じていた眼を覚悟して開けた。


「……さて」


 まるで勇の視界が機能するのを待っていたかのよう――いや、実際待っていたのだろうが――コゼニスキ大佐が告げる。能面のように固まった彼の顔から感情らしい感情は読み取れず、それこそが一番彼の感情を表しているよう勇には思えた。


「諸君らには言いたい事が山ほどあるが、私は立場上の要求として、そしてまた自らの信念として、君たちの言い分を聞かずに腹の内をぶちまける事を避けたいと思っている」


いつもの大部屋よりもこじんまりとしたブリーフィングルーム。本来であれば登場する必要のないコゼニスキ大佐が直々に登壇したとあって、場の雰囲気は頬が切れそうなほどピリピリと張っていた。そりゃそうだ。責任者のあずかり知らぬところで作戦に変更が加えられていたのである。完全なる秩序の崩壊を目の当たりにしてそれを見咎めない人間が大佐の肩書を預かる現場は逆に不安だし、そこについて彼の態度を不満とするつもりはない。しかし勇が納得いかない理由は別のところにある。つまり――


「私は諸君ら一人一人に事情を問うこともできる。だが我々の時間は有限であり、するべきことが他にも多々あるのはよく知っての通りだ。かかる状況で取り得る代案はいくつかあるが、私は物事の纏め役に代表させて質疑するのが良いとする立場であるから覚えておくように。いいな、ユウ・カマクサ少尉」


――なぜ自分が首謀者扱いされているのだろう。この場で最も「秘密作戦」に反対していた、この自分が。


「言っておくが、私のあずかり知らぬところで何がしかの企みがあったことは既に把握済みだ。妙な言い逃れはしないよう期待する」


 大佐の視線が、一瞬だけ部屋の奥へと向かう。勇がつられて振り返ると、『オブザーバー』として部屋に立つオルズ中佐がぺろりと舌を出した。やはりというか、彼女の仕業か。


「今日これからの予定を私はいくつかキャンセルした。時間はある、いつまでだって待つぞ」


牛歩戦術も封じられて四面楚歌。大佐が放つ視線の直撃を受け、きりきりと痛む意をさすることもできずに冷や汗ばかりが噴き出る。針の筵はすこぶる座り心地が悪く、オルズ中佐に恨み言の一つでもいいたくなるが、勿論あれだけ骨を折ってくれた彼女に文句を言うのは筋違いという事くらい自覚していた。まあ結局のところ、最初から結論は一つしかないのである。


「では説明を。ユウ・カマクサ少尉」


余分な猶予は与えぬ、とばかりに告げる大佐。果たして自分はこの機会を意義に活用できるだろうか……ああ、まったくもって自信がない。


周りの仲間達は励ましの頷きを勇に投げ、期待と不安の入り混じった眼を向けていた。そのプレッシャーを感じながら呼吸を整える。震える手を握り締め、最後に一度周囲を見回し――勇はふと、隣に座るアリーと目があった。彼女は勇の太ももをそっと触り、小さくつぶやく。


だいじょうぶ。


その笑顔と、熱い掌の感触が、勇の体から重たいものを振り払う。

大きく、ため息を一つ。覚悟を決めろ。腹をくくれ。


「……了解致しました、大佐。では順を追ってご説明します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る