第5話 その4

(下記はバンド・オブ・ユニティ一六演習 ブリーフィング議事録 NATO-D-AF‐DM‐090116011‐1の一部を抜粋したものである。なお文中の表現については可読性を考慮して一部原本から改変し、また文意上重要と思われる個所については強調をおこなった)


○ハロルド・コゼニスキ大佐(以下「コゼニスキ大佐」):まずは飛行ルートの件について説明を求める。明らかに非効率だったと考えるが、どういうことか。


○ユウ・カマクサ少尉(以下「カマクサ少尉」):主目的は地対空ミサイルの回避にあります。先般、大佐より送付いただいた各種資料を拝見したところ、『赤国の道路網は貧弱で主要な幹線道路意外はほぼ未舗装』とありました。装輪車両である移動型地対空ミサイルが幹線道路外に進出しようとすれば大幅に機動力が制限され、場合によってはスタックすることが確実である以上、これらもまた幹線道路沿いに行動する事は自明であります。。それを裏付けるよう、過去のSAMによる攻撃は何れも主要幹線道路沿いに発生しておりました。ですから今回、我々は幹線道路から十分に離れ、やむを得ない場合でも道路に対し直角に横切るようルートを選定しました。これによってSAMによる攻撃リスクを最小限に抑えることが出来たと自負しております。 


○コゼニスキ大佐:攻撃隊の構成は。敵防空網制圧SEAD機に対レーダーミサイルが搭載されていない一方で、敵施設の攻撃に従事する予定だった機が編隊内においてその任務を代行していた。


○カマクサ少尉:それにはいくつかの理由があります。まずSEAD機であるトーネードGR4が対レーダーミサイルを搭載していなかった事について。英国空軍のトーネードGR4は対レーダーミサイルとしてALARMを運用しておりますが、これはその運用特性上、ポップアップターゲットに対して能力が制限されます。加えて飛翔速度も比較的遅く、動的な環境においては十分な能力を発揮できません。


○コゼニスキ大佐:その認識が妥当かどうかについてはいま評価しない。続けろ。


○カマクサ少尉:はい。そこで我々は防衛的SEADにおいてより有効なHARMを主体として活用することとしました。また一つ、我々はとある資料に次の記述を見つけています。『殆どの場面において、赤国の脅威が青国機をレーダー補足探知してからSAMなどの攻撃手段が発射され青国機に到達するまでの時間は、SEAD機が脅威を検出してからHARMなどの対抗手段で目標を無力化するまでのリアクションタイムより短い』。つまり、従来のやり方では反撃をした時点で既にSAMは獲物をしとめている訳です。では、どうするべきか。その回答として、我々は『攻撃編隊内にSEAD機を内在させる』ことを思いつきました。従来の配置でリアクションタイムが長くなっていた理由の一つが、被攻撃対象と反撃主体が地理的に隔離されていた事でしたので。編隊内にSEAD機がいればそれが解消されます。更にまた、我々はSAMの脅威が現状きわめて重大であることを鑑み、もう一段階の対策を用意しました。


○コゼニスキ大佐:もう一つの対策とは。


○カマクサ少尉:はい。各部隊の連携による敵防空網破壊DEADです。これまでの情報から類推して、赤国のSAMは各サイトの連携により索敵・補足情報をある程度共有していると考えられます。そのためSEADによるイルミネーターの破壊だけでは敵側により容易にカバーされてしまう可能性がありました。一時的な無力であるSEADと違い、DEADによる発射機の直接破壊も含めた徹底的な防空網の無力化はこの問題点に対して有効な対策となりえます。この実行に当たり、我々は次の戦術を用意しました。まずSAMの探知と一次攻撃をHARMおよびHTS装備のF‐16が担当します。目標を探知し次第HARMにより反撃、取り急ぎの脅威を取り除いた後、HTSによって得られた座標をリンク一六経由でトーネードGR4に転送。SAM陣地が情報の共有により再射撃を行う前にGPS誘導爆弾もしくはマーベリックなどの空対地ミサイルによって迅速に発射機を破壊します。結果として、このシナリオは本演習においてほぼ想定通りに機能したと考えております。


○コゼニスキ大佐:一次攻撃隊の撤収時に不可解な動きがあったが。


○カマクサ少尉:過去の演習を見ると、赤国迎撃機は青国機の撤退時に攻撃を行う傾向があります。我々はそれを逆手に取り、撤退する攻撃隊を囮として活用しました。加えて、過去青国防衛的防空DCA部隊が敵機と撤退中の味方機を区別できなかった反省から、事前の取り決めに従った速度・高度・方位を飛行するなどの電子的識別EIDに限定されない識別手段をあらかじめ策定・共有しておりました。これにより、DCA部隊は的確に赤国機のみを攻撃する事が出来ました。


○コゼニスキ大佐:EA部隊の行動も常とは異なっていたという報告を聞いている。


○カマクサ少尉:当該空域の環境に最適化するよう、種々の変更をおこないました。というのも、、データを見るに、赤国がこの空域付近に配備していた地対空ミサイルの捜索レーダーに現場レベルでの改良が施されているようなのです。詳しい説明は省きますが、長波帯の発振能力を強化して低RCS機の探知能力を底上げしているようでした。本来であれば電子戦ポッドをデポに返却し設定変更するべきですが、事は急を要しましたので現場でリプログラムを行いました。この措置により電波妨害の精度は明らかに向上しています。なお、今回の措置については青軍のこれまでにおける損害が甚大であることから、もはや一刻の猶予も許されないと判断し、COACから緊急変更という形で許諾を出して頂きました。説明は以上です。


○アリス・ウィンザー少尉(以下ウィンザー少尉):発言してもよろしいでしょうか。


○コゼニスキ大佐:許可する。


○ウィンザー少尉:本作戦の策定にあたり、カマクサ少尉は極めて重要な役割を果たしました。また彼は正規のルートで許諾を得ず作戦を実行することについて反対の立場でした。したがって本作戦の功績は彼に帰し、また問題の所在は彼以外にあります。カマクサ少尉の評価に当たってはぜひこの点を考慮して頂きたく。


○コゼニスキ大佐:それは私が判断する事ではない。本件について私の評価を伝える。諸君らの行動は問題が多くあった。拙速な変更は十分な検討時間を奪い、イレギュラーな意思伝達は命令系統の各階層における認識祖語に繋がる。だが、一方でその内容には合理性が認められ、その戦果についても考慮する必要があるだろう。よってその瑕疵については不問とする。次回以降は十分な時間的余裕を持ち、正しい規定にのっとった要請を行う事。総合的に見て、今回の諸君らは高く評価できると言える。今後とも技能向上に邁進するように。以上。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る