第5話 その5


高く評価できる。コゼニスキ大佐がそう言った瞬間、会議室が異様なざわめきを発した。あの大佐が、褒め言葉を使うだと? どうしたことだ、天変地異の前触れか。


「質問はないか」

 

普段と変わらぬ氷水のような大佐の言葉が、一種異様な興奮状態に包まれた皆にひっかけられる。それで精神の恐慌状態から脱した勇の脳は、状況に対しての評価を始めた。


もしかして。ひょっとすると。あるいは、自分達は、大佐から褒められたのか。自分たちの行為が、肯定されたと、そうとらえて問題ないのだろうか。


自分の下した判断がどうしても信じられず、勇は不安を抱えたまま周りの仲間を見渡す。皆が皆、茫然と口を開け、目を見開き、お互いがお互いの結論を信じきれず、勇と同じよう手当たり次第に周囲の顔を探していた。


それでも、内容を慎重に吟味し検算していくその行為は、推論に対する「正しい」のチェック欄を相互に埋めていき、少しづつ皆の表情が変わっていく。


「……とくに質問はないようなので、今日のブリーフィングはここまでとする。解散」

 

部屋の中で繰り広げられるバカみたいな儀式の御神体であった大佐は、そう言い残してあっさりと部屋を出た。その後ろに付いて歩いてきたオルズ中佐が、こちらに向かってウィンクを一つ。そして通り際、勇の耳元に口を寄せて小さく囁く。


「やったじゃん、悪ガキ」

 

さっと離れる中佐。ぱたん、と扉が閉まって二人が退室し、若手達だけが残される。


「……やった?」

 

自分に言い聞かせるよう、呟く。その瞬間、勇の体に何かがぶつかり、背骨に衝撃が走る。


「サー・ユウ・カマクサ、GBE! 貴方を勉強会のメンバーに選んだことは、間違いなく私の人生で一番の決断だった!」

 

勇の首を絞め落とす勢いで抱き付いてきたアリーが、大きな声で叫ぶ。そして、それを歓喜の号砲に、部屋の連中がもろ手を挙げて喜びを爆発させた。


「やった! やった! やった!」

「すげえ! 『よくたった』だと!? 聞いたか!」

「くそ、動画撮っときゃ良かった!」

「これはもうあれですね、大佐をぎゃふんと言わせたと考えていいですね、大勝利ですね!」

 

方向性の定まらない感情の破裂が部屋の中を駆けずり回る。アリーを首にぶら下げた勇はしかし、その波に乗り遅れて目を白黒させる事しかできない。兎に角、ギリギリと頸動脈を圧迫していくアリーの腕をぐいとはずし、自分も喜びの輪に参加しようと一歩前に。と、その途端、皆の顔が一斉にこちらを向く。


「おっと、千両役者のお出ましだ!」

「よくやったな、リーダー! 最高だったぜ!」

「もし私が政治家だったら道路か橋にあなたの名前をつけるわ!」

 

無軌道だった皆の動きが勇を中心に整理されていき、ぱちぱちと拍手が広がる。地中海で二機撃墜をスコアしたときにも似たような状態に陥ったが、その時と違って今は素直に照れ笑いを浮かべることが出来る。何よりもそれが、勇のかみしめた勝利だった。


「おいてめぇら、これで終わりじゃねえぞ。まだまだ演習は童貞のマス掻きみたいにしばらく続く! 勢い付けて、最終日にゃコゼニスキに俺らの靴をなめさせてやろうじゃねぇか、ええ!」

 

ジェニーが煽り、皆が賛成! と気勢を上げた。そのままの勢いでハイタッチが始まり、勇もそれに参加して仲間たちと笑顔で手を打ち鳴らす。ばちん、ばちん、と景気のいい音が続き、最後にアリーが勇と向かい合った。彼女は一段と思い切りよく手を振り、頭の上でたたきつけられた勇の手を振り抜くことなくがっちり握ると、ぐいと胸の高さに下ろす。


「ありがとう、本当に勇のおかげ」

「こっちこそ、ありがとな。俺のこと庇ってくれて、すげぇ嬉しかったよ」

「んへへ……ま、いつまでの守ってもらいっぱなしじゃかっこ悪いもんね。これでも一国を預かる王女様でございますから、やるときゃやりますのよ?」

 

相変わらず、照れ隠しが下手な王女様だ。勇は彼女に笑いかけ、掌の感触を確かめるよう、一層力を込めて彼女の手を握り返す。

 

ああ、今なら核心を持って言える。前途は、限りなく明るい。

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