第5話 その1
流されるがまま議長になってしまった勇は大急ぎで場を纏めにかかり、そこからの数日は嵐のように過ぎ去った。今日の今日で事をおっぱじめるのは無茶なため、『ルーキーたちの華麗な変貌』を披露するのは金曜日、勉強会メンバー全員参加の地上攻撃演習と決定。目標が定まった皆のモチベーションは驚くほど高まり、皆空き時間を見つけては集まって演習責任者から送られてくる資料を読み漁る。
「ねぇねぇ、これおかしくない? ROESPINのここ。『全作戦領域において最低高度二千フィートまでの低空飛行が許可される』。確か他の資料じゃ、まだかなりの空域でSAMが健在だから引き続き低空飛行は危険だってあったよね」
「このATO見てください。ミッションナンバーAF6001。タスクユニットがサビハさんの部隊になってますけど、ディープストライクするならトーネードのほうが向いてますよね」
「あーやっぱり。これ、
一旦疑いの目をもって資料を見ると、もう出るわ出るわの問題オンパレード。随分な落とし穴を仕掛けてくれたものだ。今まで律儀に一つずつ落っこちていったこちらとしては悔しがるほかないが、今度は違う。見つかった問題点一つ一つに対策案を出し、討議し、最適解を探していく。活発なやり取りが新たな発見を生み、皆は知識の熱に浮かされるよう議論を重ねた。正直に言おう、結構楽しい。祭りは準備が一番盛り上がるというやつだろう。
が、勿論和気藹々と討論を重ねるだけという訳にもいかない。不本意ながらリーダーに任命されてしまった手前、勇にはしなければならないことが種々あった。因みにリストの筆頭は根回しである――いかな若気の至りといえど、流石に全ての権限を無視しするわけにはいかない。
そんなわけで無い知恵を絞りだした勇は、勉強会の発起人(というか元凶)であるアリーを連れ立って、自分の知る限りもっとも話の分かる上役にお伺いを立てに行った。自分たちの作戦内容を落とし込んだ資料に目を通し終えたその人の第一声はずばり、
「いやー勇君、悪い子になっちゃって」
愛すべきオルズ中佐にそんな事を言われた勇は割と本気にショックを受け、アリーに「え、ちょっとヘタレ過ぎない?」と言われた。間違ってもお前が言うべき台詞じゃないだろうと思うが、反論や中佐への言い訳をぐっと抑え、覚悟を決める。
「どうでしょう? これを金曜日の飛行で行いたいのですが……できれば、コゼニスキ大佐にはギリギリまで知られないよう黙っておきながら」
我ながら無茶を言ったものだ。一顧だにされずゴミ箱に突っ込まれてもおかしくないが、しかしオルズ中佐はそうしなかった。
「んー……ま、まじめに上官やるつもりなら、命令系統を根っこからぶち折るような真似は絶対に許可できないんだけど」
含みのある笑顔を浮かべ、片眉を上げて言う中佐。
「個人的には嫌いじゃないんだよね、こーいう若者らしい無茶って」
そう言って二人を見つめる彼女の目の奥に、勉強会のメンバーが宿しているものと同じ類の炎が揺らめいているように思えた。
「よろしい。やってみなさい。ケツは私がもったる」
その言葉は、寒い中を歩いて学校に通う学生が博識な教授から新しい知識を授けてもらった時のよう、心に幸福な喜びを与える。勇は自分が555FSに配属されたことを、おそらく人生で初めて感謝した。
さて、半ば強引であるが後ろ盾を得た勉強会メンバーの士気はいよいよ上がり、悪巧みにも弾みがついた。ダメ押しに各々が自分の部隊に事情を説明して協力を求め、かなりの賛同者を得たとのこと。皆二つ返事で協力を申し出てくれたらしい。悪い子ばかりだ。
――そして、迎えた金曜日。
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