第7話 その1

「痴話喧嘩だな」

「痴話喧嘩ですよね」


勇にとっての一大事を、我が親愛なる友人たちはこれ以上ない程に雑な一言で纏めてくれた。


「……いや、ニールさんにウィラさんさ。そうじゃなくてさ。こちとら結構な決心をしてさ、信頼できる君たちだからこそと思って相談した訳でさ。もうちっと、こう、やさしい言葉を」

「だって痴話喧嘩だもんな」

「ですよね」

 

これである。わざわざ身銭を切って平日夜のパブへ二人を招待したのは何も呆れた目で眺められるためではないのだが、目の前の友人はそんな反論を許してくれない。


「そもそも私が思うにですね、勇は自分に自信がなさすぎます。日本じゃ謙遜は美徳かもしれませんが、やってる事は女心に後ろ足で泥をひっかけるようなものですよ? 反省しなさい」


ここ最近になって見せるようになったウィラの攻撃モード。これもまた親密になった証拠ではあるが、今それが発動してしまうのはまったく予想外である。やさしい言葉どころではなかった(まったく、最初と印象が変わってしまった度合いで言えばジェニー以上だ)。


「……まあ。それでもやるときはやってくれますからね。そういうギャップがアリーの好みだったのかもしれません。ある意味一番質が悪いですよ」

 

フォローなのか追い打ちなのかわからない冗談を、可憐な笑顔で言うウィラ。彼女が他の美少女連中と違うのは、恵まれた容姿から繰り出される表情が男にどういった効果を及ぼすか知り抜いている事だと気づいたのはごく最近である。


「ウィラの言う通り。なら後は簡単だ。後ろからガバっといってぶちゅっとやればいい」

「うーん、勇が王女様相手にそれ出来るとも思わないですけど。まあ何がしかの行動はほしいですよね、女の子としては」

「はい解決。というわけでさ、ウィラもこの後俺と二人きりで飲み直さ」

「あーすいませーん私明日早いんですよーまた次の機会に誘ってくださーい」

 

ニールは早くも場を纏めにかかり、そのついでにウィラへちょっかいを出してあっという間に撃沈。だが彼らの提案を解決だとはまったく思っていない勇、二人を引き留めにかかる。


「いや、待て待て待て。あのな? 単純に、その、まあ何というか嫉妬めいた気持ちがあるとしてもだ。それとは別に、アリーが怒ってる理由が多分あるんだよ。俺はそれが知りたくてさ」

 

勇のあまりに情けない姿に同情したのか、二人はやや面倒くさそうな表情を浮かべながらも再びこちらへ向き直ってくれた。ああ、やっぱり持つべきものは友達だ。


「……んー、つってもよ。単刀直入が身の上のアリーが敢えて喋らないんだからさ、それはお前に自分から気付いて欲しい事があるって事じゃないか?」

「確かに。だとしたら人に頼って結論を出すのは逆効果ですよ。一生口聞いて貰えないかも」

「……ぬぅ」

 

バタンと机に倒れこむ勇。木目のテーブルはひんやりと頬を冷まし、コップから垂れた水滴が染みを広げている。


「女心はよくわからん」

「あいつほどわかりやすい女もそうそういないと思うがな」

「なんというか、純情ですよね」

「そうそう、純情。ウィラ、上手いこと言うね。そうと言えばさ、知ってる? あいつ、子供の頃に一度だけ会った男の子に一目ぼれしてな、未だにそれが忘れられないんだと」

「ほほう。なんですかそれ。興味がありますね」

 

乙女チックな話題にウィラが食いつく。だが盛り上がる二人をしり目に、勇は机と信愛を深め続けた。何故かといえば――言い訳はするまい。要するに、仲の良い美人の女の子が辿った恋愛遍歴などというのは、愉快に聞くことが出来ない類のトピックだからだ(敢えて嫉妬と言えない思春期相応の自意識は、せめて許してほしい)。そんな勇の気持ちを知ってか知らずか……いや、恐らくはこれ以上ない程承知しているのだろう、ニールは殊更大きな声で話を続ける。


「前に酔っぱらって口走ったんだけどな。あいつ一応王女様だからさ、家族にくっついて世界中飛び回ってるんだと。で、どこだったかな、確かアジアの……インド? 南中国? そこらへんに行った時の話。なんでもあいつ、王室御一行とはぐれて迷子になったんだよ。王女様が何をどうしたら迷子になれるんだって話だが、まあ兎に角、今まで着替えも人にやらせてたようなお嬢様がいきなり言葉も通じず文字も読めない異国に一人放り出されたわけだ。途方に暮れるのが当たり前だわな。そりゃもう不安で堪らなかったんだが、そこに現れたのが件の男の子。アリーの顔を見るや否や力強く手を取り、毅然と彼女を励ます訳だ。アリーにゃそれが颯爽と現れたヒーローに見えた。結局その少年の協力であいつは無事親と合流。だが礼を言おうとしたときにゃ既に少年は去った後。そんなこんなでアリーにとって、今でも理想の中に生きるナイト様が生まれたわけだ」

「……おおー。なんか映画みたいですね。ローマの休日」


ウィラがうっとりした顔で言い、話題を提供したニールがまんざらでもないように頷く。そして勇はと言えば、机から顔を上げ、虚空を見つめていた。


「どうする勇。『今の男』も『過去の思い出』にゃ敵わないぞ?」

「流石に勇も危機感を持ちましたか? そうです。男は行動してこそ。草食系気取ったって女の子はついてきませんからね」

 

勇の視線は二人のしたり顔へ向かいながら、その精神は別のところ、心の中に結ばれた像に焦点を絞っていた。


「俺だ」

 

ぽつり漏れた呟きに、二人が「あ?」「なにがですか?」と返した。だから、勇は答える。


「……その男の子、多分、俺だ」

「「……は?」」

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