第8話 その2
無茶をするものだ。ヴァンデンバーグは作戦の内容を確認しながらひとり肩をすくめた。撃墜された米空軍パイロットの救出作戦は、あと数十分で開始する。事が急を要するとはいえ、ところどころ強引な部分も見受けられるこの内容にゴーを出した上の妙な物わかりの良さは彼の記憶にある官僚組織とあまりそぐわなかった。
「上の連中、脅迫でもされたのかな」
「あ、その件なんすけどね」
背後を動き回っていたパゴット大尉が、ヴァンデンバーグの独り言に口を挟んだ。
「これ、オフレコでお願いしますね。知り合いから聞いたんすけど、最初は色んな国の偉い人が作戦の実行に反対したらしいんすよ、リスクは取りたくないってんで。それを英国政府がゴネにゴネて、半分脅しつけるような形でやっと許可が出たとかなんとか」
彼女の交友関係も気になるが、それを追及するのは今度にしよう。今気にするべきなのは、英国政府のゴリ押しという話だ。NATOの一員とはいえ、この件については彼らに特段の利害がある訳では無い筈であるが。
「……不思議な話だな」
「ですよね。知り合いは『アメリカに恩を売っておきたかったのかも』とか言ってたっすけど。英国側、凄い剣幕だったらしいっすよ。『作戦の実行は我が国の絶対的意思だ』、なんて」
国の意思、という言葉を聞いて、ふと紙の上でしか知らない英国王女のことが頭をよぎる。彼女はある意味で国家を体現した存在だ。もし、もし何らかの形で政府に影響力を行使する手段があれば、あるいは……。
……いや、とヴァンデンバーグはかぶりをふる。自分の脳みそも随分ゴシップに侵されてしまったようだ。そんなこと、有り得るはずがないのに。『君臨すれども統治せず』の原則から明らかに外れた政治への干渉など、連合王国が連合共和国になってしまうレベルの大スキャンダルだ。そこまで危険な橋を渡る理由こそまったく見当たらない。
しかし万が一、いや億が一に有り得るとすれば、このパイロットが王女にとってよほど大切なのか……あるいは、このパイロットを助けたいと思う「誰か」に余程肩入れしているのか。
それはそれで別のスキャンダルになりそうだな。ヴァンデンバーグは自身の邪推の馬鹿らしさに一人笑った。
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